第30話 なにツッコミ感覚で必殺スキル放とうとしてるんですか
「出てくる敵がこいつだけならな」
「いやいや怖いこと言わないでくださいよ!? そういうのがフラグになって本当に起こったりしますから!」
リリアの声が響いたそのときだった。
先ほど黄金のリビングアーマーが現れた場所に、またしても魔法陣が出現した。
「ほらあ!? 言わんこっちゃないですよ!」
「……いや、何も現れないぞ?」
ライナが言う通り、ただ魔法陣が出てきただけだった。
俺はその魔法陣へと近付いていく。
「ふむ。これを使えば地上に戻れるのではないか?」
ボスを倒したというのに、この部屋は他に何の変化も無かった。
外に出るための扉もない。
「ほ、本当に大丈夫なんですかね……?」
「嫌なら置いて行くぞ」
「それはごめんです!」
「お、俺も!」
三人が慌てて駆け寄ってくる。
皆で一斉に魔法陣の中へと入った。
光に呑み込まれ、そして気づけば見慣れた場所に。
「ダンジョンの一階か」
「……戻ってきました?」
助かったぁぁぁ、とへたり込む三人。
それからダンジョンを出て、いったん拠点へと戻ることに。
とりあえず重要参考人ということで、俺たちをトラップに誘導した青年も連れていく。
ちなみに頭のてっぺんだけ禿げたままだ。
これからはてっぺん禿げと呼ぼう。
「てっぺん禿げ」
「俺にはディールっていう立派な名前があるんだよ!」
と怒鳴ってから、なぜか「いやっ」と畏まって、
「あるんです、先生!」
「……先生?」
「俺の命を救ってくれた恩人っすから! 先生って呼ばせてくださいっす!」
てっぺん禿げは急に腰が低くなってそんなことを言ってくる。
「だが断る」
「何でっすか!?」
「だいたい俺の方が年下だろう」
「年齢なんて関係ないっすよ! この都市では剣の強い者こそが偉いんすから! そういう意味で、先生はこの都市で最も偉いお方っすよ! そんな人に弟子入りできるなんて、まさに不幸中の幸い! いえ、さっきの不幸なんて軽く帳消しっすね!」
だから弟子に取るなんて言ってないだろう。
「ちなみにディールさんは何級ですか?」
「俺はこれでもB級剣士っす! 【上級職】の《剣闘士》で、所属している〝ウォーズ〟っていうギルドではトップクラスの剣士なんすよ! 小さなギルドっすけど!」
「弟子にしましょう!」
「ほんとっすか!?」
「その代り、ドラゴンファングへの加入が条件です!」
「もちろん入るっす!」
おい待て。
「では今すぐ前のギルドに脱退届を出してきてください!」
「了解っす!」
てっぺん禿げは敬礼すると、全速力で走っていった。
「リリア、勝手に話を進めるな」
「これで団員が一人増えましたよ! しかも剣神杯に二人も出場したら、確実に加入希望者が! ああ! その前に今回のボスモンスター討伐の件を大々的に報じてもらわないと! ふふふ……ついに長く苦しい雌伏の期間を終えて、再びドラゴンファングがこの都市の覇者となるときが来ましたよっ!」
リリナは俺の話などまるで訊いていない。
「〈インフィニット――」
「ストォォォプッ! なにツッコミ感覚で必殺スキル放とうとしてるんですか!? しかも、それ《剣神》のですし!? 死にますから!」
本拠地に戻ると、何やら言い争うような声が聞こえてきた。
「どういうことだ、娘は二度とダンジョンから戻ってこねぇってよ!? てめぇ、何かしやがったのか!?」
「いやいや、誓って私は何もしていないよ? ただ、うちの団員がたまたま見ていたんだよ。彼女たちが転移トラップにかかってしまうところを。そう、あくまで、たまたま、ねぇ。しかも転移したら最後、帰ってきた者が一人もいない最悪のトラップさ。実際、過去にうちのギルドのA級剣士も何度か挑んだけれど、誰も戻ってこない。もしかしたらボスモンスターでも待ち構えているのかもしれないねぇ」
リリアの父親で元ギルド長のおっさんと、ブラックブレードのギルド長、ゲオ……ゲオ……ゲオなんとかだった。
「ざけんな! リリアに何かあったら――――リリア?」
おっさんが戻ってきた俺たちに気づいて目を丸くする。
ゲオなんとかがこちらを振り返り、目を見開いた。
「なっ……なぜここに……? 確かにトラップで飛ばされたはずでは……っ!?」
恐らく俺たちが罠にかかる瞬間を誰かが確認していて、こいつに報告したのだろう。
「ええそうですよ! お陰で死にかけましたけど、ボスモンスターを無事に撃破して戻ってきましたよ!」
「ば、馬鹿なっ! あそこにいるのは黄金色のリビングアーマーではなかったのか……っ!」
「確かに黄金色で、《剣神》のリビングアーマーでしたけどね!」
「なん、だと……っ? だとすれば、倒せるはずが……」
「わたしもそう思いましたけどね! ああ、それにしても、ぜひとも見てもらいたかったですよ! アレルさんが《剣神》のリビングアーマーを圧倒するところを!」
「け、《剣神》を、圧倒した、だと……?」
ゲオなんとかが愕然としながら視線を俺の方へと向けてくる。
まぁしかし、《剣神》のスキルを使えるのは確かだったが、正直あれは劣化版と言っても良いくらいだろう。
というか、あれに限らず、リビングアーマー自体がそうだ。
人間の熟練の剣士が有するような狡猾さというか、判断力というか、戦闘勘というか、そうしたものが連中には足りないのである。
そのため必殺スキルの〈インフィニットブレイク〉を放つ瞬間も、簡単に見極めることができたのだった。
「それと、わたしたちをトラップにかけた男も無事で、しっかり白状しましたから! あんたから大金を積まれて命令されたってこと! ブラックブレードのギルド長の殺人未遂! さぞかし大ニュースになるでしょうね! もしかしたら剣神杯の本選への出場も難しくなるかもしれませんよ!」
畳みかけるように言うリリア。
さらに息つく間もなく、
「ああでも! 大観衆の面前でアレルさん相手に、ぜひとも無様に敗北する姿を晒していただきたいところです! 不出場じゃあ、それができませんね! あっ、そうです! だったら、本選にはちゃんと出ていただき、今回の件はその後で公にすることにしましょう!」
やはり性格の悪い女である。
◇ ◇ ◇
ブラックブレード・ギルド本部。
「クソ餓鬼どもがっ……」
自らの城へと戻ってきたゲオルグは、執務室に入るやそう吐き捨てた。
しかしその顔色は蒼白を通り越して、まるで死人のようだった。
「このままでは……私は……」
奥歯をギリギリと音がするほど噛み締め、呻く。
連中を放置しておいては、これまで築き上げてきた地位と名声が失われてしまう。
「……いや、あれは何かの間違いに違いない。それはそうだ。《無職》が《剣神》のリビングアーマーを倒すなど、あり得るはずがない。そして剣神杯で再び優勝しさえすれば、たとえ今回の件を明るみにされようと、どうにか揉み消すことができる」
そう自分に言い聞かせようとするが、剣士としての勘は納得しなかった。
あの少年と戦ってはならないと、そう訴えてくるのだ。
と、そのとき彼の視界を過ったのは、執務室の奥に設けられた部屋の扉。
ゲオルグは足を向けた。
扉を開けると、そこにはずらりと並ぶ無数の剣。
世界各地から集めた剣のコレクションである。
その中には、魔剣や妖剣といった類いも存在していた。
「……そうだ……万一の場合はこいつらを使えば……。どのみち名声を失うのなら、せめてトップ剣士としての地位だけでも……」
ぶつぶつと呟くゲオルグ。
そのとき目に留まったのは、棺めいた外装をした箱だった。
何かに引き寄せられるようにその箱の蓋を開けると、中には一振りの剣。
『オレを使え』
まるで剣が語りかけてきたような気がして、ゲオルグはそれを手に取った。
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