第29話 それは俺も習得済みだ

「ど、どういうことですか!? 《剣姫》ファラが実は《剣神》!? しかもそのスキルをアレルさんが使えるなんてっ……?」

「どういうこともなにも、そのままの意味だ」


 俺が五年をかけて習得したのは、《剣姫》のスキルだけではない。

《剣神》のスキルも同時に身に付けていた。


 というか、むしろ後者の方にほとんどの時間を取られたと言ってもいいだろう。

《剣姫》のスキルは一年ちょっとでモノになったというのに、《剣神》スキルはマスターするのにそれからさらに四年近くもかかってしまったのだからな。


 そのとき、黄金のリビングアーマーから感じられるプレッシャーがいきなり増した。

 それだけで気圧されたようで、青年など腰が抜けたかのようにその場にへたり込んでしまう。


「どうやら本気を出してくるようだな」


《剣神》のスキル〈神憑り〉。


 自らの身体能力を一時的に数倍にまで高めるという、規格外の技だ。

《剣神》は筋力、敏捷、器用さなど、あらゆる能力において他の追随を許さないというのに、このブーストによってさらに強化され、まるで神が降りてきたかのような強さと化す。


「だが、それは俺も習得済みだ」


 俺もまた〝神憑り〟で応じる。

 神の領域へと突入した者同士が激突し、その衝撃だけで凄まじい暴風が巻き起こった。


 ズガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!


 轟く剣戟音はまるで地鳴りのようだ。


「ちょっ、何ですかこれは!? こんなの人間の戦いじゃないですよ! ほとんど自然災害じゃないですか!」

「こ、これが〈神憑り〉なのか……っ!?」

「ていうか、あっちはともかく、《無職》のアレルさんが《剣神》のスキルまで使えるとか、もう何でもありですよね!?」


 リリアやライナが風で吹き飛ばされそうになりながら叫んでいる。


 何でもあり、というわけではないぞ。

《剣神》のスキルは《剣姫》のそれよりさらに身体への負担が大きい。


 特にこの〝神憑り〟はそうだ。

 なにせ、本来なら身体の負担を考えて無意識にセーブされているはずの力を、無理やり引き出しているのだ。

 この状態を維持しているだけでガンガン加護が減っていく。


 だが筋トレのお陰か、〝頑丈〟の訓練のお陰か、以前よりは随分とマシだな。


「……もっとも、目の前のこいつには疲労なんてものがないが」


 リビングアーマーは中身のない鎧だ。

 なので人間のように筋肉が疲労したり、体力が無くなったりはしない。

 外骨格のような鎧を破壊しない限り、恐らく永遠に〈神憑り〉を使い続けることができるのだろう。


 要するに早いところ決着を付けないとダメなのだが――


 膠着状態を嫌ったのか、リビングアーマーが先に動いた。


 これは……《剣神》の必殺スキル〈インフィニットブレイク〉か。


 相手が死ぬまで半永久的に続く連撃。

 しかもその一撃一撃があまりに完璧に連動しているため、最初の一発を喰らうと最後、もはや逃れることはもちろん、倒れることさえ許されない。


「だがそれは悪手だ」


 むしろ膠着状態が続く方が俺としては嫌だった。

 体力切れがないのなら、そのまま互角の斬り合いを続けておけば良かったのだ。


《無職》の身でも剣士のスキルを習得できると知った俺は、母さんに弟子入りを志願した。

 と言っても、スキルを覚えない人間に剣技を教えるのは至難の業。

 そもそも母さんは人に何かを教えられるほど頭が良くないしな。


 なので基本的には母さんが見せてくれるスキルを、俺はただただ見て覚えたのだが……もちろん単に見るだけでは、スキルを再現することなど不可能。

 ゆえにそのスキルを徹底的に分析した。

 体勢、呼吸、目の動き、剣の軌道など、ありとあらゆる点を完璧に理解した。

〈インフィニットブレイク〉も例外ではない。


 ゆえに、


 技の出の瞬間を見極めた俺は、それを瞬時に潰す。

 先んじて当てた一撃で絶妙にバランスを崩させ、スキルの発動をキャンセルさせたのだ。


『ッ!?』


 心のない黄金色のリビングアーマーが驚愕したように見えた。


「お返しだ」


 必殺スキルを防がれ、僅かに硬直するリビングアーマー。

 その一瞬の隙を見逃さない。

 こちらから必殺スキルを確実に叩き込める瞬間を、ずっと狙っていたのだから当然だ。


 俺は〝インフィニットブレイク〟を放った。







 ガシャン、と盛大な音を響かせて全身鎧が地面に叩きつけられた。

 いや、もはや全身鎧とは呼べまい。


 腕部は二本ともとっくに千切れて転がっているし、脚部はあらぬ方向に曲がっている。

 兜はへしゃげて見る影もなく、胴部も腰の辺りで辛うじて繋がっているだけで、引っ張れば簡単に上下に分断されるだろう。


 黄金色の鎧が今やガラクタの塊と化していた。


「……さすがに疲れたな」


 都合、五十八。

 黄金の鎧をここまで破壊するまでに放った斬撃の数だ。


 四十撃目くらいでもう十分だった気がするが、念には念を入れてしっかりと破壊しておいたのだ。

 こいつらは魔力で動いているので、腕部が斬り飛ばされたり兜を破壊されたりしたぐらいでは普通に戦闘続行できるからな。


 剣でカンカンと突いてみたが、どうやら完全に機能を停止したようだ。


「た、助かった……のか……?」


 俺たちを罠に嵌めた青年が呆然と呟いている。


「出てくる敵がこいつだけならな」

「いやいや怖いこと言わないでくださいよ!?」


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