第8話 師匠と呼ばせてください

 トロルキングの巨体を完全に覆い尽くす巨大な爆炎が巻き起こった。

 凄まじい熱風がこちらまで押し寄せてくる。


「熱っ!?」

「ひいいいいっ!?」

「か、神様ぁぁぁっ!」


 乗客の何人かが後方に吹っ飛んでいった。


 ふむ。しまったな。

 爆発の方向をちゃんと調整しておくべきだったようだ。

 まぁ死んだ客はいなさそうだからいいか。


 もうもうと辺りに立ち込めていた砂埃が晴れると、そこには巨大なクレーターができていた。

 近づいてみると、黒焦げになった肉片があちこちに散らばっていた。

 もちろんそれはトロルキングの成れ果てである。


「そもそも、もっと威力を落してよかったようだな」


 明らかにオーバーキルだった。

 せっかく試し打ちするのにが現れたのだからと、ちょっと張り切り過ぎてしまったらしい。


「お……お前……い、今、一体……何をしたんだ……?」


 少年が震える声で訊いてきた。


「赤魔法の一つ、エクスプロージョンをトロルキングへ放っただけだが?」

「エクスプロージョンって言ったら、最上級の赤魔法じゃねぇか!? 【最上級職】の《魔導王》クラスが使う魔法だぞ!?」


 なるほど、そうなのか。

 確かにかなり強力な魔法だと思ってはいたが。

 俺の場合、スキルとは無関係に魔法を習得してきため、その辺の知識に乏しいのだ。


「《無職》っていうのは嘘だったのね……」

「むしろ実は高名な魔法使い様だったとか……」

「いや、俺は本当に《無職》だぞ。さっき鑑定書を見せただろ?」


 俺はそう説明するが、少女たちは「偽造に違いないわ」「きっと何らかの理由で正体を隠されてるんですね……」などと言って、まったく取り合ってもらえなかった。


 と、そのとき、


「す……」

「ん?」


 少年がいきなり俺の前に跪いてきた。


「すいませんでしたぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 そして大声で謝罪してくる。


「偉い大先生だとは露知らず、先ほどからの無礼の数々! お許しください!」

「だから俺はそんなんじゃない」

「そしてどうかこれからは師匠と呼ばせてください! おれ、あなたのような魔法使いになりたいんです!」


 ……何だかとても面倒なことになってしまったな。


 こんなことなら剣で倒しておけばよかったと、俺は後悔するのだった。






 その後の旅は順調に進んだ。

 懸案だった天候も問題なく、ついに魔法都市が見えてくる。


「なるほど。話には訊いていたが、随分と面白い場所にあるんだな」


 魔法都市は巨大な湖に浮かぶ島の上にあった。

 島とこちら側を結ぶように、土砂でできた天然の橋が架かっている。


「師匠! あの橋、魔法を使って維持しているそうですよ! そうじゃないとすぐに無くなっちゃうそうで! さすが魔法都市って感じっすよね!」


 と、興奮気味に教えてくれたのはカイトという名の少年だ。


 うっかりトロルキングを倒してしまって以来、最初の態度を一変して、ずっとこんな調子だった。


「あの生意気カイトが、飼い主に尻尾を振る犬みたいになるなんて……」

「驚きです……」


 連れの少女たちが意外そうな顔で見ている。

 ちなみに気の強そうな方がクーファで、ずっとおどおどしている方がコレットらしい。


 橋の上は馬車では通れないそうで、徒歩で渡ることになった。

 今日は天気が良く、風もほとんどないが、この一帯名物の嵐が発生すると、島との行き来が不可能になるそうだ。


 やがて魔法都市へと辿り着く。


 この都市は六つの魔法学院が存在している。

 そしてそれぞれの学院が、一つの魔法を専門的に教育・研究しているという。


 すなわち、


 赤の学院:赤魔法(火や熱などに関する魔法)

 青の学院:青魔法(水や氷、冷気などに関する魔法)

 緑の学院:緑魔法(大気や天候などに関する魔法)

 黄の学院:黄魔法(土や金属などに関する魔法)

 白の学院:白魔法(光や生命などに関する魔法)

 黒の学院:黒魔法(闇や死などに関する魔法)


 の六つである。


「師匠!」

「今度は何だ?」

「師匠も赤の学院ですよね! あの道を真っ直ぐ行けばいいらしいですよ! 一緒に行きましょう!」


 カイトが嬉しそうに促してくる。


「じゃあここでお別れね。私は青の学院だから」

「わ、わたしは緑の学院ですっ……」


 クーファは青魔法、コレットは緑魔法のスキルを持っているようだ。


「おう、じゃーな! 入学試験に落ちて田舎へとんぼ返り、なんてことにならないようにしろよ!」

「その言葉、そっくりそのまま返すわ」


 そんなことを言い合いながら三人は別々の方向へ。

 そして俺は仕方なくカイトとともに赤の学院の方へと向かうことになった。


「えっ、師匠も入学試験を受けるんですか!?」

「合格しないと入学できないらしいからな」

「ていうか、師匠、一体どうやって魔法を学んだんです?」


 たとえ魔法のスキルがあっても、ある程度は術式に関する知識がないと使い熟すことができないとされていた。

 だからこそ魔法使いたちの多くは、こうした学院に入学したり、あるいは先人に師事したりするのだった。


「父さんから教わった」

「へぇ~、きっとすごい方なんでしょうね」


 見た目はちんちくりんのおっさんだけどな。


「あっ、師匠、あそこですよ! あれが赤の学院みたいです!」


 しばらく行くと立派な門が見えてきた。

 その奥には校舎らしき建物がある。


 さて、入学試験か。

 剣のギルドのときのように、門前払いにされなければいいが。


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