第25話 これのどこが調教なんデスかね

「べ、ベヒモスとまともにやり合っているだと……?」

「い、一体何者なんだ、あの青年はっ!?」


 ベヒモスから命からがら逃げ伸びた彼らSランク冒険者たちは、遥か遠くで繰り広げられている次元の違う戦いに唖然としていた。


「あいつは剣士なのかっ?」

「けど魔法も使っているぞ! 風魔法で空を飛んでるしよ!」

「じゃあ魔法剣士ってことっ?」

「器用貧乏の魔法剣士があんな剣を使えるかよ!」

「魔法だって無理だろ!」


《騎士王》《魔導王》《盗賊王》そして《大聖女》という、【最上級職】揃いの彼らを持ってしても、あの青年の職業がまったく分からない。

 知り得る限りの職業を思い浮かべてみても、いずれも当てはまらないのだ。


「てか、そもそもどんな職業だろうが、あんな人間離れした真似できねぇよ!」


 神話級の魔物の山のごとき巨体は、少し動くだけでも地震が起こり、暴風が発生する。

 まさしく天災そのものと言っても過言ではないだろう。


 そんな化け物を相手に、まだせいぜい二十歳ぐらいだろう若者が、たった一人で戦いを繰り広げているのだ。


 だがそのとき。

 ベヒモスが限界まで口を開けたかと思うと、青年はそこへ吸い寄せられていった。


「「「っ!」」」


 十キロ以上は離れているだろう彼らまで、身体が持っていかれそうになってしまう。

 信じられない吸気力だ。


「ああっ!」

「の、飲み込まれちまうぞ!?」


 さすがの青年も耐え切れなかったらしい。

 ベヒモスの口の中へと消えていった。


 口を閉じるベヒモス。


「く、喰われたのか……?」


 何もできない彼らは、ただその場に立ち尽くすことしかできない。


 ベヒモスは青年を処理して気が済んだのか、満足そうにその場に座り込んだ。

 しかし突然、異変が起こる。


『~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!?』


 ベヒモスが苦しみ始めたのだ。

 ズドオオオンッ、という轟音を響かせて横向きに大地へ倒れ込むと、四肢を振り回して悶えている。

 砂嵐が発生した。


「めちゃくちゃ苦しんでいるぞっ?」

「な、何があったんだ……?」


 ブフオオオオオオオオオオオーーーーッ!!

 ブフオオオオオオオオオオオーーーーッ!!

 ブフオオオオオオオオオオオーーーーッ!!


「「「うわああああああああっ!?」」」


 今度はベヒモスが大きく息を吐き始め、それが衝撃波となって平原を蹂躙した。

 あちこちで大型の魔物が吹き飛ばされ、彼らもまた宙を舞う。


 ブフオオオオオオオオオオオーーーーッ!!

 ブフオオオオオオオオオオオーーーーッ!!

 ブフオオオオオオオオオオオーーーーッ!!


 ドッタンバッタン転がり回って苦しみながら、何度も何度も息を吐くベヒモス。

 動く天災によって、もはや大平原は地獄のようなありさまだ。


 やがて――


「……し、静かになったのか……?」


 平原にぽっかりと開いた穴の奥から、四人の男女が恐る恐る這い出してくる。

 そこは《魔導王》が咄嗟の判断で、爆発魔法を使って開けた避難用の穴だ。

 さらには《大聖女》が使う結界魔法も併用することで、どうにかこの大災害を乗り切ったのだった。


「べ、ベヒモスが倒れているぞ……」

「死んでいるのか?」

「いや……」


 ベヒモスの巨体が横になっていた。

 僅かに身体が上下しているので、まだ生きているのだろう。


「お、おい! あそこを見ろ……っ!」

「なっ……」


 そのとき彼らが見たのは、ベヒモスの閉じられた口を強引にこじ開けて、中から平然と出てくるあの青年の姿だった。



    ◆ ◆ ◆ ◆



 ベヒモスに喰われてしまったときはさすがに焦った。


 だが考えてみれば、こうした巨大な魔物を体内から攻撃して倒すというのは、英雄譚などではお馴染みの展開だ。

 実際ベヒモスも、硬い岩のような皮膚で保護された外側よりも、内側の方が遥かに脆かった。


 剣で肉壁を斬りつけ、魔法を連発して。

 俺はベヒモスの身体の中で思いきり暴れ回ったのである。


 途中からどうやらベヒモスも暴れ出したようで、体内がぐるぐると回転し始めた。

 お陰で肉壁に激突したり、強力な消化液を浴びたりしてしまった。


 途中で加護が無くなって、普通にダメージを受けるようになってしまったのだが、そこは治癒魔法を使って凌いだ。

 白魔法をマスターしておいてよかったな。


 ベヒモスは俺を吐き出そうとしたようだが、喉の奥へと入り込んで回避。

 あとはどちらが先に音を上げるかの勝負だったのだが、先にベヒモスに限界がきたようだ。

 体内が落ち着いたので、俺は口をこじ開けて外に出た。


 ベヒモスはぐったりした様子で倒れていた。


「ふむ。生きてるか?」

『……死んでる』


 どうやら生きているようだ。


 これなら隷属魔法が効きそうだ。

 使ってみると、ベヒモスの巨体が一瞬輝いて、その胴部に焼印めいた文字が刻まれる。


「成功したようだな」

『……無念』


〝調教〟成功だな。


『これのどこが調教なんデスかね……?』


 何やらマティのツッコミが聞こえた気がするが、気のせいだろう。


 とりあえずベヒモスの傷を治癒魔法を使って回復させる。

 大きいので途中で魔力が枯渇してしまったが、あとは持ち前の生命力ですぐに治るだろう。


 と、そこで俺は重大な問題に気がついた。


「従魔にしたはいいが、この大きさだ。街に入ることすらできないのではないか?」


 なにせ全長は三百メートルを超えているのだ。


『ん。問題ない』


 直後、ベヒモスの身体が急激に縮み始めたのだった。


「ふむ、こんなことができるのか」

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