第24話 今のはすごく、痛かった

 魔物調教師は一体どのようにして魔物を調教するのか。


 野生なのか飼育されたのかによって難度は変わるが、大よそ次のような方法らしい。


 まずはこちらが敵対感情を持っていないことを示し、魔物の警戒を解く。

 その際には、その魔物が好むとされるポーズを取ったり、特殊な声を発したりもするようだ。


 匂いも重要らしい。

 なのであらかじめ、その魔物の好みの香水を振りかけておいたりするのだとか。


 ちなみにどうやってその辺りを見極めるのかというと、どうやら〈調教〉スキルがあれば直感的に分かるようになるそうだ。


 そして彼らの多くが使うのは、やはり餌だろう。

 つまり餌づけ。


 自分に美味しい餌を与えてくれた相手には、魔物と言えどやはり警戒が薄れ、むしろもっと貰えるかもしれないと思って、一気に友好的になるのだという。


 そうやって近づくことができるようになれば、愛撫することでさらに仲を深めていく。

 魔物の種族によって、また個体によっても、どこを触られれば嬉しいのかが大きく変わるそうだ。

 その辺りの見極めも、やはり〈調教〉スキルがあれば高い確率で察知できるという。


 さて。

 それでは以上のことを参考に、目の前のこの魔物を調教してみようと思う。


「警戒は……たぶんしていないな」


 この魔物が好むようなポーズや声がどんなものなのか、まったく分からない。

 だが知能の高い魔物だったこともあり、会話ができた。

 そして会話ができたということは、すでに警戒心を解いてくれているということ。


 ふむ、すでに第一関門を突破してしまったようだな。


『とてもそうは思えないんデスけど……?』


 俺は続いて餌づけすることにした。

 しかし何を好んで食すのか、皆目見当もつかない。


 まぁせっかく会話ができるのだし、本人に直接訊いてみればいいか。


「ところで何か食べたいものはあるか?」

『ない』

「そう言わずに何か言ってみろ。持ってきてやるぞ」

『必要ない。そこらに魔物が沢山いる。自分でたまに捕まえて食べる』


 ……ふむ、どうやら餌づけは失敗のようだ。

 仕方がない。

 ならば次にいこう。


「どこか撫でてほしいところはあるか?」

『ない』

「そう言わずに何か言ってみろ。撫でてやるぞ」

『必要ない』


 これもダメか。


『ご主人サマは明らかに魔物調教師には向いてないかと思いマス』


 だがこの程度で諦める俺ではない。


「まぁまぁそう言わずに。何かあるだろう?」

『うざい』

「なるほど。もしかしてさっき脚を攻撃されたことを怒っているのか?」

『別に。あれくらい痛くない。すぐ治る』

「白魔法で治療してやろう」

『要らない。消えて』


 ブオオオオオオオオッ!


「っ!」


 いきなりベヒモスが猛烈な鼻息を吐き出してきて、俺は地面に叩きつけられそうになる。

 どうにか足から着地したが、


『死ね』


 そこへベヒモスが前脚を振り下ろしてきた。


 ズドオオオオオオオオンッ!!


『死んだ?』

「いや、死んでないぞ」


 俺は少し離れた地面のから飛び上がった。

 巨大な足に踏み潰される前に、土魔法で地面に穴を掘って逃れていたのだ。


『……羽虫のくせにしぶとい。なら、本気でやる』


 ベヒモスの巨体から殺気が膨れ上がる。

 それだけで周囲の大気が震え、大地が鳴動した。


「ふむ……本格的に怒らせてしまったようだな」


 仕方がない。

 こうなったら戦うしかなさそうだ。


 直後、ベヒモスが大地を蹴って突進してきた。

 それだけで地面が大きく抉れ、土砂が津波のように飛び散る。


 しかもこの大きさだというのに、速い。

 お陰で避けることができず、まともに喰らってしまった。


 視界が一瞬で切り替わり、気が付けば五、六百メートルは吹き飛ばされていた。


「……タックルだけで加護が半分も減ったか」


 さすがは神話級の魔物。

 超重量から繰り出される攻撃力は規格外だ。

 絶対に攻撃を喰らってはいけない相手だな。


 ズドンズドンズドンズドン――


 地響きを上げながらベヒモスが追撃してきた。


「エクスプロージョン×5」


 ベヒモスの右前脚で大爆発が巻き起こる。


『っ?』


 さすがのベヒモスも躓いたようにつんのめり、顔から地面に激突した。

 大地震。

 そして砂の津波が巻き起こる。


 上空に飛び上がってそれを逃れていた俺は、立ち上がろうとしているベヒモス目がけて滑空する。

 勢いそのままに、その巨大な額へと思いきり剣を突きつけた。


 アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?


 効いたのだろう。

 ベヒモスが大音声の悲鳴を轟かせる。

 その衝撃波で砂煙が四散した。


『今のはすごく、痛かった』


 額から鮮血を流すベヒモスは後脚だけで立ち上がると、怒り狂ったように前脚を振るって宙を舞う俺を叩き落とそうとしてくる。

 振るわれるだけで竜巻めいた豪風が発生するので、たとえ避けても吹き飛ばされそうだ。


 後脚が踏み鳴らす大地の方は地震を発生させ続けているし、まさに生きる天変地異だな、こいつ。


 俺は全力で飛翔して、振り回される前脚を回避し続けた。

 本当に羽虫にでもなった気分だ。


「〝飛刃〟」


 もちろんただ逃げているだけではない。

 こっちからも反撃した。


 大きいだけあって、ベヒモスは何度も俺を見失っている。

 巨体には確実に傷が刻まれていくが、しかし耐久力も規格外なのだろう、まったく倒れる気配はない。


 一方俺はベヒモスの直撃は回避しているものの、少しずつ加護が減っていた。

 脚を振るうだけで起こる暴風のせいだ。


 ふむ、どうすべきか。

 このままではこちらの方が先に加護や体力に限界がきてしまうぞ。


『ちょこまかうざい』


 そのとき突然、ベヒモスが大きく口を開いた。

 何をするつもりなのかと警戒していると、


 スウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッ!!


「っ……吸い込まれる……っ?」


 ベヒモスが息を吸っているのだ。

 それだけで引き寄せられてしまう。


 まずい、このままだと喰われるな。


『ん、いただきます』

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