第23話 気が変わった

「に、逃げろおおおおおっ!」


 Sランク冒険者たちが一目散に逃げ出した。

 だが次の瞬間、ベヒモスが右の前脚を地面に叩きつける。


 ズゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!


「「「っ!?」」」


 軽いフットスタンプ。

 しかしそれが何百万トンという超重量から繰り出されたとなれば。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!


 大地が激震した。

 それはSランク冒険者たちですら立っていられないほどだった。

 情けなく地面を転がって、逃げることすら許されない。


『ん。終わり』


 再び前脚を上げたベヒモス。

 冒険者たちの頭上を巨大な影が覆う。


「ひ、ひぃ……」

「ここで死ぬのか……」


 ドラゴンすら軽く踏み壊せそうな足裏。

 それが迫りくるのを眺めながら、彼らは死を覚悟する。


 そのときだった。


 ズババババババババババババババァァァァァァンッ!


『?』


 凄まじい轟音とともに、地上へ真っ直ぐ振り下ろされようとしていたベヒモスの右前脚が、突如としてその軌道を変えた。

 踏み下ろされたのは、冒険者たちから僅か数メートルの位置。


「「「あああああああっ!?」」」


 衝撃で紙屑のように吹っ飛ばされたが、しかし彼らは死を免れたのだった。


『何者?』


 ベヒモスがその視線を向けたのは新たな闖入者だ。


「ふむ。神話級の魔物ベヒモスか。なかなか調教のし甲斐がありそうだな」



    ◇ ◇ ◇



 突如として動き出した巨大岩。

 俺が近くまでやってくると四人組が襲われていた。


「岩ではなかったのか」


 巨大な岩かと思っていたそれはどうやら魔物だったらしい。

 その巨体とカバのような見た目から判断するに、恐らく神話級の魔物であるベヒモスだろう。


 そのベヒモスが前脚を地面に叩きつけると、それだけで大地震が発生した。

 これでは地面を走ることができない。

 俺はすぐに緑魔法で空中に飛び上がった。


 しかし逃げようとしていた冒険者たちは、まともに振動の影響を受けて引っくり返ってしまっている。

 さらにトドメを刺そうというのか、ベヒモスは今度は彼らの頭上で前脚を振り上げた。


 あんな超重量に踏み潰されたら最後、加護など一瞬で全損して死ぬだろう。


「〝飛刃〟×30」


 俺は空を飛びながら全力で剣を振るった。


 ズババババババババババババババァァァァァァンッ!


〝飛刃〟連射がベヒモスの巨大な右前脚に直撃する。

 それによってどうにか軌道が逸れ、冒険者たちのすぐ横へと振り下ろされることになった。


「三十発であの程度か。さすがだな」


 一発や二発ではせいぜい足の表面に掠り傷を負わせるくらいしかできないだろうと思い、連射したのだが、それでも前脚の一本を数メートル動かすだけで精一杯だった。


『何者?』


 俺が近くまで飛んでいくと、謎の声が聞こえてきた。


「ふむ、会話ができるのか」


 さすがは神話級の魔物だ。


「い、一体、何が起きたんだ……?」

「私たち、生きてる……?」


 そのとき地上から当惑の声が聞こえてくる。

 先ほどの冒険者たちだ。


「早く逃げた方がいいぞ」


 俺は彼らに忠告する。


「お、お前はっ!?」

「き、危険だぞっ! こいつはベヒモスだ!」


 するとなぜか忠告をし返されてしまった。


『ん、今はこっちと話してる』


 人間同士でやり取りしているのが気に入らなかったのか、ベヒモスはそう呟き、


『ふん』


 鼻息を噴出させた。

 無論、人間の鼻息とは次元が違う。


「「「うわあああっ!」」」


 突風が冒険者たちを再び吹き飛ばした。


『気が変わった。早くどこか行って』


「いてて……」

「お、おい、逃がしてくれるらしいぞっ!」

「あの青年はっ?」

「放っておけ!」


 冒険者たちが慌てて逃げていく。

 ベヒモスはすぐに興味を失って、その巨大な目を俺に向けてくる。


『脚、痛い』

「ふむ、それは悪かったな。そうでもしないと同族が死んでいたからな」

『わたしの身体、とても硬い。傷がついたの久しぶり』


 俺の〝飛刃〟三十連射を喰らったその部分には、無数の亀裂が走っていた。

 それらが重なって一番深くなっているところは、一メートル以上は抉れているだろう。


 ただしベヒモスの巨大さを考えれば、大した傷ではない。


『何者? 高位魔族? 人化した古竜?』


 再び誰何してくる。


「人間だ」

『嘘。人間の次元を超えてる』


 そう言われてもな。

 父さんも母さんも純粋な人間だ。


「そんなことより。俺がここに来たのは他でもない。魔物調教師になるためには、あと何体か魔物を従魔にしなければならないんだ」

『……』

「どうだ? 俺の従魔にならないか?」


 俺が問うと、ベヒモスはしばし沈黙した後、


『嫌』

「なぜだ?」

『それはこっちの台詞。むしろなぜ人間の従魔なんかにならないといけない? 魔物ならその辺に沢山いる。好きなのを捕まえたらいい』

「確かにどんな魔物でもいいらしいが……。けど、どうせなら強い魔物の方がいい」

『嫌』


 ふむ、やはりそう簡単にはいきそうにないな。


 だがまだまだこれからだ。

 俺には〈調教〉スキルがない。

 しかし他のスキルと同様、訓練次第では無くてもできるようになるはずだ。


 これから目の前のベヒモスを相手にその訓練をすればいい。


『それをいきなり神話級の魔物で行おうだなんて、相変わらずご主人サマは頭おかし――いえ、何でもありまセン』


 まぁ最悪、マティやプルルのときのように、弱らせてから隷属魔法で強制的に従魔にするという方法もあるけどな。

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