第26話 これでばっちり

 ベヒモスの巨大な身体がどんどん小さくなっていき、やがて――


「これでばっちり」


 俺と大差ないほどの大きさとなってしまった。


 変化したのは大きさだけではない。

 見た目も一変していた。


 ぼさぼさの茶髪から覗くのは、意外にも整った顔立ち。

 岩肌とはかけ離れた滑らかな小麦色の肌。

 ちゃんと二足歩行できそうな骨格。


 そこにいたのは、どこからどう見ても人間の女だった。


 ただしデカい。

 俺と大差ないといっても、それは元が生物の次元を超えた大きさだったからで、人間の女の基準で考えるとかなり大きい。

 今は地面に座り込んでいるが、立てば恐らく二メートを越えるのではないだろうか。


 それでもずんぐりとしていた身体つきが、女性らしく細身になっている。

 頭も小さくなっていて、十頭身、あるいはそれ以上といったところだろう。

 見た目の年齢は二十代半ばほどか。


 こいつ雌だったんだな。


「まさかこんな真似ができるとは」

「ん、人化」


 しかも今までと違ってちゃんと口で声を発している。


 恐らく魔法によるものだろうが、俺の知る限りでは六種のいずれにも当てはまらない。

 肉体に関わることから白魔法に近い感じもするが……。


 神話級の魔物だというし、もしかしたら古代魔法の類いかもしれないな。

 どうやら世界にはまだ俺の知らない魔法があるらしい。

 後で教えてもらおう。


「これならどこでもいける」


 ベヒモスはそう自信満々に主張しているが、元と比べれば小さくなったとはいえ、こんな大柄な女性は滅多にいない。

 確実に目立つだろうな。


 だがまぁそれは別にいいだろう。

 問題は、


「服を着せないとダメだな」


 ベヒモスは裸だった。

 このままでは街に入れない。


「? 別に着る必要はない」

「その姿だと着る必要があるんだよ」


 俺が服も着せずに奴隷を連れ歩いている鬼畜だと思われかねないからな。


「人間は面倒」


 しかし生憎と俺は女性物の服など持っていない。


「確か、適当な布が……む?」


 バックパックがほぼ全壊していた。

 竜種の鱗でできていたのだが、どうやら先ほどの戦闘に耐えられなかったらしい。


 それどころか、よく見ると俺の服もボロボロだ。


「お、おい、ベヒモスは一体どこに行ったんだ……?」

「その女性は……?」


 そこへタイミングよく近づいてきたのは、先ほど俺が助けてやった冒険者たちだった。

 ちょうどいい。

 彼らから借りるとしよう。






「ほ、本当に彼女がベヒモスなのか……?」

「神話級の魔物を従魔にしたなんて、信じられん……」

「《無職》って冗談よね……?」

「だからどれも本当だと言っているだろう」


 何度も訊かれて少々うんざりさせられてはいるが、彼らからとりあえず大事な部分だけは隠せそうな布を貰ったので、これで大丈夫だろう。

 あとはあの集落でちゃんとしたものを買えばいい。

 すでに日は暮れかけているし、今日は集落で宿泊することになるだろうな。


「空は飛べないのか?」

「無理」


 ということは俺が抱えて飛ぶか、もしくは徒歩で帰るしかないか。


「乗っていけばいい」

「ふむ、その手もあるか」


 彼女は巨大だ。

 その背中に乗っていけば、恐らく空を飛ぶよりも速いだろう。


 というわけで、せっかく布を身体に巻きつけてもらったが、いったん取ってもらった。

 そのまま大きくなったら破れてしまうからな。


 そして彼女の身体が一気に巨大化していく。


「ヒィッ……」

「本当にベヒモスだったのかっ……」


 冒険者たちは腰を抜かしたようにその場にへたり込んだ。

 俺は彼らに訊ねる。


「お前たちも乗っていくか?」

「「「遠慮するっ!」」」


 ぶんぶんぶんと思いきり首を振って彼らは即答した。


 俺はベヒモスの頭の上に乗った。


「なかなかの眺めだな」


 普段飛行しているよりもずっと高い。


『出発』

「よろしく。……あ、魔物はいいが、人は踏まないようにしろよ」

『了解』


 ベヒモスがゆっくりと歩き出す。


 ズン! ズン! ズン! ズン! ズン! ズン!


 地面を踏むたびに大地が大きく振動する。

 普通に歩いているだけなのだが、それでもぐんぐん進んでいく。


「ふむ、これは便利な乗り物を手に入れたな」


 俺は頭の上で寝っころがっていればいいだけだ。



   ◇ ◇ ◇



 その頃、集落では。


「よ、ようやく静かになった……」

「地震に暴風に謎の雄叫び……何だったんだ、一体……」

「ああ、きっと神がお怒りなったんだ……」


 遥か離れた平原の中心部で行われた戦いの余波が、どうやらここまで届いていたらしい。

 住民たちはこれまで体験したことのない天変地異に恐れおののいていた。


 と、そのときだ。


 ズン! ズン! ズン! ズン! ズン! ズン!


「ま、また地震だっ!」

「お、おい、あれを見ろ! きょ、巨大な岩がこっちに近づいてくるぞっ!?」

「って、魔岩じゃねぇか!? なんで岩が動いてんだっ?」

「いや待て、あれは岩じゃないぞ! ま、ま、魔物だぁぁぁっ!」

「ひいいいいっ!」

「逃げろおおおおおおおおおっ!」



   ◇ ◇ ◇



 ほんの半刻で集落に辿りついた。

 ベヒモスが足を止める。


 俺が頭から降りると、また人間の姿になった。

 布を巻きつけて、集落へ。


「ふむ? 人がいないな?」


 時間的にはそろそろ冒険者たちが戻ってくる頃合いなのだが、人っ子一人見当たらない。

 それになぜかあちこちに物が散乱していて、台風でも通ったような有様になっている。

 中には倒壊しているテントもあった。


「何があったんだ?」

「知らない」

『……いや、あんたら以外に原因はねぇだろ……』



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