第27話 そりゃ液体デスからね

「ふああああああ……」


 ベヒモスが目を擦りながらめちゃくちゃ大きな欠伸をした。


「眠い」

「ずっと寝てたのにか?」

「戦って疲れた」


 俺たちは集落にある適当な宿に泊まることにした。

 無断で。


 店員がいなかったのだから仕方がない。

 まぁ宿泊代を置いておけば大丈夫だろう。


「大き過ぎてベッドに寝れないか」

「大丈夫。丸まって寝る」


 ベヒモスはベッドの上で横になり、猫のように丸くなった。


「気持ちいい」


 どうやら人間用のベッドがお気に召したらしい。

 地面の上に比べれば寝心地はいいだろう。


「すうすう……」


 すぐに寝息が聞こえてきた。






 朝になると、集落にはちらほらと人が戻ってきつつあった。


「ほ、本当に魔岩が消えちまったよ……」

「じゃあ、マジであの岩が魔物だったのか……?」

「けど、どこに行っちまったんだ?」

「集落は無事のようだし……」


 ベヒモスなら俺の後ろで欠伸をしているぞ。

 身長が二メートルを越える女なので、かなり目立っている。


「あっ、あなた無事だったのね!」


 と、そこで遭遇したのは、先日食事をした店の娘アーシアだ。


「心配したわよ、あなた魔岩まで行くって言ってたから……」

「そんなことより集落に何があったんだ? あちこちでテントが倒れているし」

「何って……知らないのっ? 物凄い地震と暴風だったでしょっ!?」


 ふむ? 地震と暴風?


 ……もしかして俺とベヒモスのせいか。

 どうやらあれだけ離れていても、集落にこれだけの被害をもたらしてしまったらしい。


「しかもその後、あの魔岩が集落に近づいてきて大変だったんだから! 実は岩だと思っていたあれが魔物だったらしいのよ! みんな必死に逃げ出して……」

「……」

「? どうしたの? 急に黙り込んで?」

「……何でもない」


 それも完全に俺たちのせいだな。

 町や村に近い場所では、ベヒモスに乗って移動するのをやめた方がよさそうだ。


「……って!?」


 そこでようやくベヒモスに気づいたらしく、彼女は目を丸くした。


「だ、誰? この大きな人……? あなたの連れ? この間はいなかったわよね?」

「まぁ、そうだな……知り合いのようなものだ」


 適当に誤魔化す。

 俺がベヒモスを従魔にしたことは黙っておいた方がいいだろう。


「にしても、こんなに大きな人がいるものなの……?」


 首を傾げる彼女を後目に、俺たちは集落を後にした。


「さて。次のターゲットだが……ベフィ、強い魔物の住処とか知らないか?」


 俺が訊ねると、ベヒモスはゆっくりと首を傾けた。


「ベフィ?」

「お前のことだ。ベヒモスって微妙に呼びにくいしな」

「……ん」


 気に入ったのかどうか分からないが、ベヒモス――ベフィは無表情で頷いた。


「それで、どうだ?」

「強い魔物?」

「ああ」

「知ってる」

「本当か?」

「ん。わたしに匹敵する」


 どうやら彼女と同じく神話級の魔物らしい。


「どこにいるんだ?」

「海」






 というわけで、俺たちは海にやってきた。


 大平原からは飛行魔法とベフィ乗りを併用して、およそ二日。

 もちろんベフィに乗るのはちゃんと町や村がない場所だけにしたぞ。


「なるほど、これが海か」


 目の前に広がる大海原を前に、俺は少し圧倒されていた。


 実は海を見るのはこれが初めてなのだ。

 しかしまさかこれほどだとは思わなかったな。


「〝飛刃〟」


 海に向かって斬撃を飛ばしてみる。


 ズバアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!


 海面が真っ二つに割れた。

 だがせいぜい数百メートル程度だ。

 そしてすぐに割れた海が一つになってしまう。


「巨大な上に、凄まじい自己修復力まで持っているのか……強いな」

『そりゃ液体デスからね……』

「ふあああ……眠い」


 しかしこの大海原のどこに神話級の魔物がいるのだろうか。

 ベフィに訊いてみると、


「知らない」

「知らないのか」


 それでは探しようがない。

 この広い海の中から一体の魔物を当てもなく見つけ出すのは不可能だ。


「とりあえず情報を集めるか」


 俺たちはそこからほど近い場所にある都市へと移動した。


 海洋都市として大いに栄えているそこは、ベレッツェというらしい。

 港には無数の船が並び、市場には大量の新鮮な魚介類が売られていた。


 世界各地と貿易しているそうなので、ここの船乗りたちなら海を知り尽くしているはずだ。

 きっと海に棲むという神話級の魔物のことも知っているだろう。


「神話級の魔物? もしかしてリヴァイアサンのことか?」


 最初に声をかけた厳つい男が、早速その魔物の名を口にした。

 日に焼けて肌は見事な赤銅色をしており、頭にはねじり鉢巻きを撒いている。

 漁師らしい風貌だ。


「オレは見たことねぇが、爺さんが昔、一度だけその尾びれを見たって言ってたな。何でも怖ろしく巨大な蛇で、何百メートルもあるとか。近くを通っただけで嵐のような高波が起こって、船が転覆しそうになったそうだぜ」

「どの辺りの海だ?」

「どの辺りって、まさか兄ちゃん、見にいくつもりか?」

「そうだ」


 見るだけでなく調教するつもりだ。


「やめとけやめとけ。万一襲われたら確実に死ぬぜ。だいたいそんなことのために船を出してくれる奴がいるわけねぇしな」

「その心配は要らないぞ」

「兄ちゃん、もしかして自前の船を持ってんのか?」

「まぁそんなところだ」

「見かけによらず金持ちなんだな……」


 ベフィに泳いでもらえばいい。

 船のようなものだ。


「泳ぐの苦手」


 そうなのか。

 なら空を飛ぶしかないな。

 もしくは青魔法で水を操作すれば、適当に作った筏でも早く進めるかもしれない。

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