第28話 目立つ奴を連れているしな

 漁師のおっさんは言う。


「爺さんが見たって場所はここから船で一週間はかかる遠洋だ」

「船で一週間か」


 ならば飛んでいけば一日二日で着くだろう。


「だがな、もう何十年も昔の話だぜ。そもそもリヴァイアサンは餌を探して常に海を移動し続けてるって話だ。同じ場所で見れるとは限らねぇんだ」


 ふむ、それもそうか……。


 となると、もっと新しい目撃情報が必要というわけだ。


「オレの知る限りだが、最近は見たって話は聞かねぇな。もし遭遇した船があるってのなら街中で話題になってるはずだし、耳にしないなんてことはないだろうよ」

「……そうか」

「ま、悪いことは言わねぇからやめておくんだな」

「やめる気はないが、教えてくれて助かった」

「いいってことよ」


 礼を言ってその場を後にする。


『どうするんデスか? どう考えてもお手上げ感満載ですケド』

「他の人間にも訊いてみるつもりだ」


 おっさんはああ言っていたが、目撃証言が得られるかもしれない。

 ここには異国の船もやってくる。

 彼らならこの都市の漁師たちが知らない情報を持っていてもおかしくないだろう。


「もしくは難破船の情報だな。リヴァイアサンに遭遇したせいで難破し、船が帰ってこなかったケースも考えられる」


 そうして俺はしばらく色んな人に聞いて回った。

 だが一向に有力な情報を得ることはできず、むしろ俺の噂があっという間に広がってしまったようで、初対面なのに「ああ、あんたたちのことか」と言われるようになってしまった。


「目立つ奴を連れているしな」

「ん?」


 もちろんベフィのことだ。


 と、そのとき、こちらへ近づいてくる男がいた。

 高そうな衣服を着ていて恰幅がよく、漁師という感じではない。


「君かね? リヴァイアサンの目撃情報を探しているというのは?」

「そうだが、もしかして何か知っているのか?」

「ええ。実は私が所有している船の船員たちが、つい数日前にそれらしき姿を見たらしくてね」

「本当か?」


 訊けば、男はこの都市を拠点にしている商会の幹部だという。

 その商会は各地に支部を有していて、船も多数所有しているのだとか。


「どのあたりだ?」

「南西沖の海です」

「ふむ、南西沖か」


 数日前というなら、まだその辺りにいるかもしれない。

 それにしても随分とタイミングがいいな。


「実は、明日出発する船がちょうどまたその出現場所の近くを通るのですがね、よければ乗っていかれますか?」






 俺は男の提案に甘えることにした。

 空を飛んで行ってもいいのだが、海の上だと休める場所がないからな。

 船に乗せていってくれるというのならありがたい。


 翌朝、港へとやってきた俺を待っていたのは、昨日の男ではなく厳つい風貌の中年男だった。

 頬に大きな傷痕があって、あまり堅気には見えない。


「おう、あんたか。レーゼフさんから話は聞いてるぜ。オレはこの船を率いるディックだ。よろしくな」


 どうやら船長らしい。


「ああ、よろしく頼む」


 船は大型のガレオン船だった。

 すでに貿易用の商品を中心とした荷物を積み終わっているようで、俺が乗るとすぐに出港した。


 帆がいっぱいに広げられ、風を受けて波の上をすいすい進んでいく。

 どうやら今日の風向きは最高らしい。

 天気もいいし、船旅には持ってこいである。


 俺が甲板で海を眺めていると、操船作業がひと段落ついたらしい船長のディックが近づいてきた。


「リヴァイアサンが出るというその海域までどれくらいかかるんだ?」

「ま、二日、三日ってとこだろうよ」


 俺が訊ねると、どこか笑いを噛み殺すような顔をして答える。

 なぜか集まってきた他の船員たちもニヤニヤと嗤っていた。


「それで、リヴァイアサンを見つけてどうするつもりだ?」

「従魔にしようと思っている」


 答えると、あちこちで噴き出す音が聞こえてきた。


「ぶははははっ、聞いたか? 神話級の魔物を従魔にするんだってよ」

「くくくっ、完全に頭おかしい奴だな」


 それから俺は船室へと案内された。

 船内に入り、階段を下りていく。


「狭い」


 俺が手を伸ばせば天井に手が届きそうな高さなので、ベフィは思いきり身を屈める必要があった。

 窮屈そうに後ろをついてくる。


 やがて俺たちが連れて来られたのは、


「ふむ? ここが船室か?」


 薄暗い部屋だった。

 鉄格子で区切られていて、向こう側に十人以上もの人間が押し込められている。

 若い女や子供が多い。


「ああ、そうだぜ。ここがこの船旅でお前ら〝商品〟が過ごす部屋だ」


 船長が肩を揺らして嗤いながら言う。


『ケケケ、どうやら騙されたようデスねぇ』


 そのとき鉄格子の向こうから男の子が叫んだ。


「お前らおれたちをどこに連れていくつもりだよ! ここから出せ! 早く帰らないと、父ちゃんと母ちゃんが心配してるだろ!」

「かはははは! まさか帰してもらえるとでも思っているのか? 残念だがなぁ、お前さんはこれから他の国で奴隷として売られるんだよ」

「なっ……」


 船長の言葉に、男の子は愕然と息を呑む。


 奴隷の売買は別に珍しいことではない。

 しかし今のやり取りから察するに、どうも正規の商品というわけではなさそうだ。

 彼らは誘拐されたのかもしれない。


 海を渡った先であれば、こうした密売もバレにくいだろう。


「俺をこの船に乗せたのもそのためか」

「かはははっ、その通りだ! 今さら後悔しても遅いけどなぁ!」


 まぁ後悔するのはそっちだけどな。

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