第31話 ママは大人なのに飛べないの?

「パパ、すごい! 走ってるよ!」

「陸を走る船……」


 レイラが目を輝かせて叫び、アークは目を丸くしている。


 俺たちを乗せた船が陸上を猛スピードで走っていく。

〝陸船〟とでも呼べばいいだろうか。


 俺が錬金術で作った代物で、船と言いつつ船底には荷車のような車輪がついている。

 あとは魔力によって車輪を動かせば、陸上を走ることができるという寸法だ。


「また変なものを作ったのだな……」


 呆れ顔で言うのはライナである。

 ここ最近、俺はこうした魔道具的なものを作るのにハマっていて、建てたばかりの我が家はすでに色んな創作物で埋もれかけていた。


「ライナが一緒に行くと言い出すからだぞ」

「貴様だけに二人を任せておいては心配だからだ! だいたいなぜ私だけ除け者にする気だったんだ!」

「だって空飛べないし」

「ぐ……それはむしろ《無職》のくせに空を飛べる貴様がおかしいんだ!」

「二人だって飛べるぞ? な?」

「うん! レイラもアークも飛べるよ! ママは大人なのに飛べないの?」


 レイラが訊くと、ライナは眉間に皺を寄せつつ言い聞かせた。


「レイラ、いいか? 普通は大人でも空を飛べないんだぞ。おじいちゃんやおばあちゃんも飛べないだろう?」

「そうなんだー。なれたら簡単なのにー」

「はぁ……まったく、パパの英才教育にも困ったものだ……」


 なぜか溜息を吐くライナ。


 本当は俺と子供たちだけで行くつもりだったのだが、空を飛べないライナが付いていくというので、急遽この乗り物を作ったのである。


「しかしこのままだと雨が降ったら濡れてしまうな。開閉式の屋根でもつけるか」

「……好きにしてくれ」


 とはいえ、ライナがいると助かる面も多い。

 特に食べ物だ。

 俺も最低限のことはできるが、正直、ライナが作る料理の方が何倍も美味しいからな。


 ところで俺たちが向かっているのは剣の都市だ。

 あそこに行けば二人に十分な対人戦の経験を積ませることができるだろう。


 そのとき前の方を見ていたアークが声を上げた。


「お父さん、前、前!」

「む?」


 アークが指さす方に目をやると、こちらに向かって走ってくる集団があった。

 ランニングをしている、という雰囲気ではない。

 必死の形相だ。


「襲われている?」


 彼らを追いかけていたのは狼の群れだった。

 どうやら逃げているらしい。


「船!? なんで陸の上を!?」

「そんなことよりあんたたちも早く逃げろ!」


 船に乗っているこちらを見て驚いている。


「おい、どうするんだ? このままだと彼らとぶつかってしまうぞ?」

「真っ直ぐ突っ込む」

「彼らを引く気か!?」


 ライナが悲鳴を上げるが、俺はそのまま速度を落とさず前進する。

 そして飛んだ。


「「「っ!?」」」


 ライナ、アーク、レイラが息を呑む中、船は宙を舞い、逃げる人たちの頭上を越えていく。

 彼らを飛び越えて地面に着地すると、今度は狼の群れへと突っ込んでいった。


「「「ワオーンッ!?」」」


 この船は錬金術で作り出したもので、相当な重量がある。

 猛スピードで激突され、狼たちが吹き飛ばされていく。


 一通り狼を薙ぎ倒してから、船を停止させた。


「ふむ、ただの狼じゃなさそうだな」


 狼たちはよろよろと二本の足で立ち上がろうとしていた。

 ウェアウルフという魔物だ。


「「「グルァァァッ!」」」


 怒りを露にこちらに躍りかかってくる。


「くっ……やるぞ!」

「待て」

「むぎゃ!?」


 剣を抜きながらライナが立ち上がるが、俺はそのポニーテールを引っ張った。


「何をするんだ!?」

「ここは二人に任せよう。今まで戦ったことない魔物だから良い経験になる」

「任されたーっ! アーク、行くよっ!」

「わ、分かったよっ」


 レイラが元気よくウェアウルフの群れへと突っ込んでいく。


 人間の子供など自慢の牙でひと噛みだとばかりに、ウェアウルフが飛び掛かる。


「遅いよっ」

「ッ!?」


 レイラはあっさりとその牙を躱してウェアウルフの頭の上を飛び越えると、一閃。

 首から血飛沫が舞い、ウェアウルフはそのまま絶命する。


「「「ガルゥッ!?」」」


 他のウェアウルフたちが驚きの声を上げるが、そのときにはもう彼女は別の一体に肉薄していた。


「よっと」

「ガッ?」


 二体目も地面に崩れ落ちる。


「「「グルル……」」」


 狼より知能が高いとされているウェアウルフたちは、相手がただの子供ではないと理解したのだろう、警戒して後退っている。


「……なぁ、今、レイラが〈縮地〉を使ったように見えたのだが?」

「そうだぞ。正確には〝縮地〟だけどな」

「八歳の子供に何を教えているんだ……」

「剣だけじゃないぞ」


 ちょうどレイラが魔法を発動するところだった。


「エクスプロージョン」


 爆炎がウェアウルフたちを包み込んだ。


「ほらな」

「……」


 なぜかライナが半眼になる中、辛うじて生き残った何体かのウェアウルフたちが逃げようとしていた。


「あっ、ちょっと待って! えーっと……」


 バラバラの方向に逃げていくため、レイラはどれを最初に追うか迷っている。

 そんな彼女の頭上を無数の氷の矢が飛び越えていった。


「ギャウッ!?」

「ギャンッ!」

「アオーン!」


 それが逃げたウェアウルフに突き刺さり、今度こそ仕留める。


「アーク!」

「相変わらずちょっと詰めが甘いよね、レイラは」

「う~っ!」


 レイラは悔しそうに地団太を踏んだ。

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