第8話 イレミネーション

 その日はお父さんのお弟子さんだというカイトさんの自宅に泊めてもらうことになった。


「ぜひ僕の家に泊まっていってください」


 と、カイトさんの方から誘ってくれたのだ。


「今は妻と二人で暮らしてます」

「結婚してるのか」

「はい。一年前に」


 家に行くと、先ほど学院で会ったクーファさんという女性がいた。

 どうやら彼女がカイトさんの奥さんだったらしい。


 カイトさんは赤の学院で、クーファさんは青の学院で、それぞれ教授をしているそうだ。

 家には二人の幼馴染だというコレットさんという女性もいた。






 その夜、僕とレイラは同じ部屋で休んでいた。

 ふと嫌な気配を感じて、目を覚ます。


「「……」」


 レイラと目が合った。

 どうやらレイラも感じ取ったらしい。


 僕たちは危険が近づくと、どんなに寝入っていても自然と目が覚めるようになっていた。

 魔物が跋扈する危険な森で生き抜くためには、絶対に身に着ける必要があった感覚だ。

 そうでなければ、寝込みを襲われて死んでしまう。


 ともかく、そんな僕たちが同時に目覚めたということは、間違いなく何らかの危険が迫っている。


 そのとき部屋のドアが開いたかと思うと、何かが飛びかかってきた。


「よっと」

「えい」


 二人でそれを躱すと、すぐに関節を決めて取り押さえた。


「ウオァァァァッ!」


 獣のような声を発しながら暴れるのは、細身の女性。

 なのにかなりの力で、関節を決められているにもかかわらず強引に抜けようとしてくる。


 このままだと身体が壊れちゃう。


 僕とレイラは同時に白魔法を使い、侵入者を無理やり眠らせた。

 そして顔を確認した僕たちは息を呑んだ。


「このお姉ちゃんって……」

「……クーファさんだ」







 どうやら原因は吸血鬼らしかった。

 一見すると平和そうだった魔法都市は、誰も知らない間に吸血鬼たちによって支配されてしまっていたのだ。


「吸血鬼を倒す。昨日の夜のうちに居場所は突き止めておいたからな」


 というお父さんに従い、僕たちは昼間のうちに吸血鬼たちの拠点を襲撃することにした。

 太陽が苦手な彼らは、昼は建物の地下に隠れていた。


 しかも大半はぐっすり眠っていたので、奇襲に成功する。


「「「っ!? に、人間……っ?」」」

「――ホーリーレイ」

「ギヤアアアアアアッ!?」


 そうして僕たちは順調に拠点にいる吸血鬼たちを全滅させていった。


「よし、これで全部だな」

「終わったー」


 ようやくすべての拠点を潰し終えたとき、僕たちの前に現れたのは、それまでに戦った者たちとは一線を画する強力な魔力を有した吸血鬼だった。


「二人でやってみろ」

「うん! 頑張るーっ!」

「え? 僕らがやるの?」


 お母さんが声を荒らげた。


「ちょっ、ちょっと待て! あいつ、只者ではないぞ!? 恐らく魔王軍の幹部だろう! 幾ら何でも危険だ!」

「心配するな。たぶんちょうどいい相手だ」


 まぁ、お父さんの無茶ぶりには慣れている。

 レイラもやる気だし……ていうか、もうすでに飛びかかりそうな勢いだ。


「ククク……ハハハハハッ! その子供が? この私の相手を? 我が子を真っ先に犠牲にしようとは、人間の親とは自分と酷いものですねぇ」

「いいのか、そんなに油断して。もう始まってるぞ」

「なっ!?」


 お父さんが言う通り、レイラは吸血鬼に肉薄して斬撃を繰り出していた。

 首をズバッと斬り裂く。


「っ……これはこれは、ただの子供と侮ってはいけないようですねぇ」

「すぐ治る~っ!」


 一瞬で傷が消失した。

 やっぱり今までの奴らとはレベルが違うようだ。


 でも、これならどうかな?


 僕は白魔法を使い、剣に浄化の光を纏わせた。

 それで吸血鬼の背中を斬りつける。


 ……うーん、これでもあまり効いてないか。


「ククク、私は真祖ですよ? 浄化魔法であろうと太陽の光であろうと、この私の前には無効です。……ではそろそろ私の方から行かせていただきましょうかね?」


 子供二人に攻撃を浴びてしまってちょっと苛立っているのか、頬を若干引き攣らせ気味に嗤う吸血鬼。


「アーク」

「うん」


 そのやり取りだけで、僕とレイラにはちゃんと通じ合った。

 伊達に双子をやっているわけじゃない。


 一方で、僕たちは双子でありながら、少しだけ得意としている魔法の属性が違っていた。

 ほんの僅かだけれど、レイラは赤、黄、白が、僕は青、緑、黒が得意だ。


 それをお互いに分かっているので、わざわざ誰がどの属性を担当するかを話し合う必要はなかった。


 果たして僕の予想通り、レイラの魔力が赤、黄、白の三種に分離していった。

 僕の方は青、緑、黒だ。


 六種類の魔力が、僕たちの繋いだ手で混ざり合っていく。


 ……練習では、今まで一度も成功したことがなかった。

 だけど、今ならいける気がする。


 せーのっ、


「「イレミネーションっ!」」


 僕とレイラの声が完璧に重なり、そして同時に放たれたのは、ありとあらゆる物質を消滅させる最強の魔法。


 さっきまで僕とレイラがどんなに攻撃してまったく効いていなかった吸血鬼が、断末魔の声すらも上げることができずに消滅した。

 多分、本人には自分の死を自覚することすら不可能だったと思う。


「……倒した?」

「うん、たぶんね」

「やったーっ!」


 僕はレイラとハイタッチを交わす。


 こうして魔法都市もまた、魔王軍の支配から解放されたのだった。






「よし、二人の訓練がてら魔王のいるところに行ってみるか」


 ちょっ!?




     ◇ ◇ ◇




 大陸西部は、真っ先に魔王軍の脅威に晒された地域だ。

 すでに大半の国や都市が占領され、今なお抵抗を続けている都市も陥落の一歩手前まで追い込まれつつあった。


 エデルハイド王国。

 大陸西部に位置するこの国もまた、魔王軍に襲われていた。


 主要都市を次々と落とされ、残されているのは王都だけ。

 しかしその王都も魔王軍の凶悪な軍勢に襲われており、今はまだどうにか勇猛な兵士たちが水際のところで防いではいるものの、もはや陥落は時間の問題と言えた。


「オ~ア~……」

「俺だ、リアン! もうやめてくれ! 俺はお前を傷つけたくはない!」

「馬鹿っ、ソレを仲間だと思うんじゃねぇ! アンデッドになっちまった今、もう理性なんて残っちゃいねぇ! そいつのためにもちゃんとここで殺してあげろ!」

「くっ……すまない、リアン! う、うおおおおっ!」


 戦士たちを苦しめていたのは、つい先ほどまで仲間だったはずの者たちだ。

 魔物に殺された仲間たちが息を吹き返したかと思うと、アンデッドと化して襲い掛かってくるのである。


 恐らく魔王軍側に死霊術師がいるのだろう。

 お陰で味方の兵力が失われれば失われるほど、敵戦力が増えるという悪夢のような状況に見舞われていた。


 やがてその魔の手は、王都の中心に位置する王城にも迫った。

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