第9話 生きた人間などロクなものではない
「……お父様……お兄様……」
王城の地下室。
緊急事態の避難場所として作られたそこで、地面に蹲って震える一人の少女がいた。
歳はまだ十歳前後だろう。
美しい銀の髪をした可憐な美少女だが、今は恐怖からか顔が青ざめている。
「し、心配は要りませんわ、王女殿下。陛下も王子殿下も、きっとご無事ですから……」
そう言って少女を勇気づけようとするのは、彼女の専属メイドだった。
しかし声が尻すぼみになったことから、彼女自身も強い不安を抱いていることが伺える。
少女はこの国の王女だった。
父である王と兄が王都を護るべく戦っている中、幼い彼女はこうして王城の地下に潜んでいるのである。
今の外の状況は分からない。
だがここへ避難するようにと伝えてきた兵士の様子から、戦況が芳しくないだろうことは少女にも察することができた。
ドンドンドンッ!
「「「っ!」」」
聞こえてきた何かを殴るような音と振動に、地下室に緊張が走った。
ズドオオオンッ!
続く何かが破壊された音。
ここ地下室へと続く入り口の扉が壊されたのだと、誰もが理解した。
もちろん簡単に破壊できるような扉ではない。
ドンッ、ドンッ、ドンッ!
今度はすぐそこにある扉だった。
これを破られれば、もはや地下室に敵の侵入を許すことになる。
王女を護衛する僅か数人の女性兵士たちが、武器を構えて迫りつつある最悪の事態に備えた。
ひときわ大きな衝撃音とともに扉の半分が吹き飛んだ。
破壊された扉の向こう側から現れたのは、身の丈二メートル近い巨漢だった。
「「「はぁぁぁぁっ!」」」
兵士たちは恐怖を押し殺し、気迫の雄叫びとともに飛びかかった。
その先制攻撃が成功し、彼らの剣が巨漢の身体に次々と傷をつける。
「「「なっ……」」」
そこでようやく彼らはその巨漢の正体に気づいて息を呑んだ。
異様な生き物だった。
頭部は恐らく蜥蜴で、筋骨隆々の胴部はミノタウロスのそれだ。
腕は片方が巨人族のものとなっており、もう一方は蟷螂のような鎌。
足は完全に鳥で、臀部からは魚の尾鰭のようなものが生えている。
さらに股間で蠢く大蛇。
キメラだ。
だがただのキメラと違うのは、まるで生気が感じられないことだろう。
よく見ると骨や内臓がはみ出している箇所もあり、鼻が曲がりそうな腐臭を漂わせている。
それはアンデッドモンスターのキメラだった。
蜥蜴の顔が、兵士たちを睥睨する。
その目には何の感情も浮かんでいない。
アンデッドであるがゆえに、先ほどの攻撃もまったく効いていないようだった。
「「「ひっ……」」」
喉を鳴らして兵士たちへ、巨大な蟷螂の鎌が振るわれる。
「「「~~~~っ!」」」
それだけで彼らの身体が両断され、泣き別れた上半身と下半身が地面を転がった。
残されたのは無力な王女とそのメイドだけ。
二人は血の気を失った顔で地面にへたり込む。
そんな彼女たちへ、追い打ちをかけるような出来事が起こった。
身体を切断されて死んだはずの兵士たちが動き出したのだ。
――アンデッド化。
しかも兵士たちは自らを殺したキメラに近づいていったかと思うと、その身体に取り込まれ、融合していく。
あまりに悍ましい光景に、王女とメイドはもはや声も出せない。
「ほっほっほ、どうかのう、お嬢ちゃんたち? 儂の素敵なショーは滅多に見れるものではないのじゃぞ?」
そのとき場違いなほど暢気な声が聞こえてきた。
アンデッドキメラの傍に、いつの間にか醜い容姿の老人が立っていた。
子供くらいの背丈しかないが、異様な気配を放っている。
「「っ……」」
「うーむ。儂は感想を聞いておるのじゃがのう? あまりの感動で、言葉も出ぬといったところか? ほっほっほ!」
老人はそこで何かに気づいたように手を叩き、
「そうじゃ。自己紹介をせねばのう。儂は魔王軍幹部の一人、世界最高の死霊術師であるネクロじゃ。もっとも、もう少しで新しい肩書が加わるところじゃがのう。アンデッドのアンデッドによるアンデッドのための国――そう、この国の新しい王というわけじゃ!」
そう、この老人こそがこの国を襲う魔王軍の指揮官なのだった。
しかし指揮官と言っても、連れてきた配下はせいぜい数十体ほどの魔物だけ。
あとは現地で調達した死体をアンデッド化させることで、戦力を拡大させ続けていた。
たった一人で、何百、いや、何千というアンデッドを操ることができる。
世界最高の死霊術師との自称は、決して自惚れなどではなかった。
「な、なぜそのようなことを……っ? あなたは人間ではないのですか……っ!?」
目の前の老人こそが元凶と知った少女は、恐怖より怒りが勝ったのか、声を荒らげた。
「確かに人間じゃった頃もあるのう。もっとも、今はアンデッドじゃが」
老人は魔族ではない。
元々は人間だった。
「同じ人間だったというのに、なぜですか……っ!?」
「ほっほっほ、そんなの決まっておる」
老人はそう快活に笑うと、キメラに融合してしまっている女性兵士に近づき、その頭を愛おしそうに抱き締めた。
「儂はアンデッドが好きなのじゃ。生きた人間などロクなものではない。人を見下し、蔑み、排斥しようとする。じゃが、アンデッドはいつだって儂の友じゃ。儂の思った通りに動いてくれる。おーよしよし」
「っ……」
あまりに捻じ曲がった老人の思考に、少女は絶句するしかない。
「ほっほっほ、安心するがよい。もうすぐお嬢ちゃんも仲間入りするのじゃ」
「い、いや……」
メイドとともに少女は後退る。
だが狭い地下室だ。
すぐに壁に背中がぶつかり、もはや逃げ道はない。
と、そのときだった。
「……なるほど、あんたがアンデッドを操ってる死霊術師だね」
地下室に一人の少年が入ってきたのは。
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