第27話 ダメだこいつ、話が通じない

「殿下のお身体、やはりいつ拝見してもお美しいです」

「世辞はよしてください、アリサ。これでも最近、少し肥えてきたようで困っているのです」


 脱衣所に出た直後、前から歩いてくる二人組がいた。

 セレスティアさんとアリサさんだ。


 つい、目を開けてしまった。


「~~~~っ!」


 今からお風呂に入ろうとしているのだから当然だけれど……一糸まとわぬ姿で。


 ……まるで絵画の中から飛び出してきた女神だ。


 細身ながら女性らしい凹凸があって、手足は長く黄金比と言っても良いくらい均整がとれている。

 透明感のあるきめ細やかな美肌には、実技訓練の直後なのか、うっすらと汗が浮かんでいた。


「……? レイラさん?」


 ま、マズイっ!?


 動揺して〝隠密〟が解けそうになっていた。

 僕は慌てて気配を完璧に殺し直す。


「殿下? どうされましたか?」

「いえ、今ここにレイラさんがいたような……」

「……誰もおりませんが……」

「そうですね。どうやら気のせいだったようです」


 僕はほっと胸を撫でおろした。


 今にも口から飛び出しそうな心臓を抑え、僕は急いで服を回収。

 ほとんど身体を拭くことなく、とりあえず身体に身に着けると、大浴場から逃げるようにして出ていったのだった。







「酷い目に遭った……」

「そう? わたしは楽しめた」

「ねぇ、そろそろ殴っていいかな?」


 寮の部屋に戻ってきた僕は、リッカに本気で殺意を覚えつつあった。


「暴力反対」

「暴力以外にも苦しめる方法なら幾らでもあるけどね?」

「お、脅しには屈しない」


 リッカが後退った。

 今のが効くとは、意外と臆病なのかもしれない。


「でも内心では喜んでるでしょ? 女の子の裸を見れて」

「喜んでない!」

「本当? もしかしてまだ精通してないとか?」

「ナイーブなとこに平然と踏み込んでくるのやめてくれないかな!?」

「それとも今晩は王女様で抜くの?」


 ダメだこいつ、話が通じない。







 レイラと入れ替わって魔法科に来てから一週間が経った。


 その間、僕はレイラを演じ続けた。

 リッカには相変わらず困らされることが多いけれど、誰にも見破られることなく、どうにか生活にも慣れつつある。


 何よりセレスティアさんが優しい。

 王女様なのにいつも気さくに話しかけてくれて、見た目だけでなく、内面も本当に奇麗な人なのだとよく分かった。


 ……そんな人を騙していることが心苦しいけれど。


「アーク! 交代しよー」


 前回と同じく真夜中のこと。

 僕の格好をしたレイラがそう言って現れたとき、なぜか少しだけ残念な気持ちを抱いたのは内緒だ。


「はぁ……ようやく満足したのか?」

「うん! アークこそ、楽しかった?」

「それ以前に、ずっと気が気じゃなかったんだけど……」


 女子が男子に変装しているのがバレてもそれほど騒ぎにならないだろうけど、逆だとそうはいかないんだからね。

 世の中はとても不公平だ。


「レイラはバレてないよね?」


 それはそれで困る。


「心配しなくていいよ! ちゃーんとアークそっくりにしてたから!」


 そう言って、レイラは急に顔つきを変えた。

 どこかニヒルな笑みを浮かべ、さらには声色まで変えて、


「……ふっ、僕を怒らせたら怪我するぜ……?」


 誰だよ!?

 そんな台詞、僕は生まれて一度も口にしたことないんだけど!?


「どう? そっくりだったでしょ!」

「全然だよ!」


 僕は頭を抱えた。

 まさかこの一週間、こんな中二病みたいなキャラで過ごしていたのか……?


 猛烈に武術科に戻りたくなくなってしまった。


「えー、似てると思うけどなー」


 唇を尖らせるレイラ。

 最初からこいつに期待していた僕が馬鹿だったんだ……。


 それから制服を交換し、僕は男子寮へ。

 気が重いけれど、諦めるしかない。


 一週間ぶりに男子寮の自分の部屋へと戻る。

 すでに寝静まっているようで、気配を消して窓から中に入ると、自分のベッドへと潜り込も――うとして、踏み留まった。


 というのも、そこに人がいたからだ。

 ガオンさんだった。


 え?

 何でこの人、僕のベッドに寝てるの?


 そしてなぜか上の段の方が開いていた。

 本来ならガオンさんが上で寝ているはずだった。

 なんでも上級生は偉いので必ず上段らしい。


 ……上しか空いてないなら仕方ない、か。


 結局、僕は上の段のベッドで寝ることにしたのだった。






 翌朝。

 いつものように朝の鐘が鳴り、僕は目を覚ました。


 さて、今日も元気に掃除だ。

 女子寮の方だとみんなで一緒にやっていたけれど、こっちだと僕一人でやらなければならない。

 まぁ大した労力じゃないから全然いいんだけどね。


「おはようございますっ、アークさん!」


 ……ん?

 今、ガオンさんが僕の名前を呼んだ気がするんだけど……。


 でも、おかしいよね? 聞き間違いだよね?

 だってあのガオンさんが、僕のことを「アークさん」なんて呼ぶはずないし。


「どうか掃除は我々にお任せください……っ!」


 また聞こえた。

 恐る恐る声がした方を見ると、ガオンさんが僕に向かって敬礼していた。


 なにこの豹変っぷり!?

 最後に会ったときとは完全に別人だ。

 一体この一週間で何が起こったの!?


 どう考えてもレイラのせいだ。

 あいつ、ガオンさんに何したんだよ……。

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