第28話 それでも十分英雄だ
「ねぇ、この一週間の間に何があったの?」
「……お、お前、覚えてねぇのか?」
ランタはちょっと怯えたような様子で目を丸くした。
レイラが何を仕出かしたのか、ランタなら知っているだろうと思っての質問だけど、よく考えたら僕本人がそれを訪ねるのはおかしい。
「いや、も、もちろん覚えてるっ! 覚えてはいるんだけど、僕、たまに我を忘れちゃう? みたいなことがあるらしくて……だ、だから、念のため第三者から話を聞いておくべきかなと思って……」
……うん、自分でも何を言っているのか理解できない。
案の定、ランタは危ない人間を見るような目をしたものの、
「確かにお前、このところちょっと様子がおかしかったもんな……。変に気障っぽいし……話が通じねぇし……なんか怖ぇし……」
レイラ……。
「そ、そうだった? あ、あははは……」
笑って誤魔化そうとしたけど、効果があるとは思えなかった。
そんな僕が恐ろしかったのか、ランタは不審そうな目をしつつも、僕とレイラが入れ替わっている間に起きたことを教えてくれた。
簡潔に言うと、ガオンさんと僕(レイラ)が喧嘩したらしい。
「最初は稽古をつけてやる、みたいな感じで言ってきて。けど、ガオンさんは明らかにお前を痛めつけるのが目的だった。ただ、予想に反してお前が逆に二人を倒しちまって……」
そしてガオンさんたちは、一年生に負けた腹いせもあって、僕のことを酷く罵倒したらしい。
「そうしたら、お前が完全にキレちまって……」
何を言われたかは分からないけど……レイラって普段はあんな感じだけど、怒ったら怖いもんね……。
前にお父さんのことを馬鹿にされ、激怒したのを僕は思い出した。
「ガオンさんたちボコボコで……しかもなぜか怪我が治って……またボコボコにされて……泣き叫んでも許してくれなくて……」
うわぁ……。
それ以来、彼らは僕のことを怖れ、立場が完全に逆転してしまったのだという。
「そ、そうか……うん、そう言えばそうだったね……あはは……」
笑えない。
あいつ、他にも何かやってないよね?
なにが、ちゃーんとアークそっくりにしてたから、だよ!
「だ、大丈夫大丈夫。ランタにはそんなことしないからっ」
「ひっ」
あれ? 安心させるつもりで言ったのに逆効果だった……?
ランタはいい奴だ。
僕がEクラスだろうと気にせず付き合ってくれている。
他のクラスの人たちなんて、Eクラスの人間だと知ると、露骨に馬鹿にするような態度を取ってくるっていうのに。
そんなランタとぎこちない感じになるのはイヤだった。
僕は意を決し、真実を話すことに。
ランタならリッタのように僕を脅すネタにしたりはしないだろう。
「実は……双子の妹と入れ替わっていたんだ」
「え? マジで? 双子の妹がいるのか?」
「うん。レイラって言うんだけど」
「って、まさか、レイラちゃん!? いや、確かに似てるとは思ってたけどよ……」
そう言えば入学式の後、そんな話をしていたような気がする。
「じゃあ、昨日までのお前は彼女だったのか?」
「そういうこと」
「……………………道理でちょっと良い匂いがすると思ったぜ」
「ん? 何か言った?」
「いや何でもねぇ!」
ランタは慌てて首を振ってから、得心が言ったように頷く。
「だからあんなに強かったのか……《魔導剣姫》だもんな。魔法科に首席で入っただけじゃなく、剣でも武術科の上級生を圧倒できるなんてよ」
感嘆の声を漏らすランタ。
「けど、それで納得したぜ。それに安心した。お前が変になっちまったんじゃなくて」
「やっぱりそんなふうに思ってたのか……」
「しかしレイラちゃんがすぐ近くにいたなんて…………はぁはぁ……」
なぜかランタは鼻息が荒い。
「あれ? お前は今までずっとレイラちゃんになってたってことだよな?」
「ま、まぁ、そうだね……」
「つまり、女子寮で生活していた……?」
「……う、うん」
ぷるぷると震え出すランタに、僕は恐る恐る頷く。
正直この反応は予想外だった。
もしかしたら糾弾されるかもしれないと戦々恐々としていると、
「め、めちゃくちゃ羨ましいぜぇぇぇっ!」
……やっぱりこいつも男だった。
「な、なぁ、どうだった!? 女子寮ってどうなってんだ!?」
「どうもこうも、構造は男子寮と一緒だよ」
「そうじゃなくてよ! や、やっぱいい匂いするのか!?」
「場所によっては……」
「うおおおっ、マジか! いいなぁ! 俺も花園に行ってみてぇ!」
こっちはいつバレないか、ひやひやものだったんだけど……。
「も、もしかして女子トイレにも入ったのか……?」
「そ、それは……それしかなかったし……」
「マジか! お前、英雄だな!」
なぜか英雄扱いされてしまった。
「と言っても、ちゃんと個室に分かれてるし……」
「それでも十分英雄だ!」
英雄の基準がさっぱり分からない。
「ま、まさか、お風呂まで行ったとか、言わないよな……?」
「さすがにそれはないから!」
「そうか……そりゃそうだよな。お風呂まで入ってたらもう大英雄だもんな」
本当は入ったんだけどね……。
だけど否定してよかった。
危うく大英雄にされるところだったし。
「なぁ」
「ん?」
ランタは真剣な目をして訊いてきた。
「俺も女装したら女子寮に入れるかな?」
「……無理だと思うよ」
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