第6話 何の魔法が得意なんだ?

 ゴトゴトゴト、という音を立てながら、石畳の道を馬車が進んでいく。

 俺は御者に問いかけた。


「〝魔法都市〟まではあとどれくらいだ?」

「さぁ? たぶん二日か三日あれば着くんじゃないですかね?」


 随分と曖昧な返事が返ってくる。


「なにせ、相手は天候。こればかりは運任せですから」


 ふむ。

 そういえばそんな話を聞いたことがあったな。


 魔法都市の周辺地域は、街道の行き来が不可能になるほどの酷い悪天候に見舞われることがあるのだとか。

 それは不定期に、しかも突発的に起こるため、予測は難しいらしい。


 魔法都市アルスベル。


 その名の通り、世界で最も魔法が進んでいると言われている都市だ。

 歴史に名を遺すような使い手を何人も輩出しており、現在も優秀な魔法使いたちが集まって、魔法の真髄を極めるべく日夜研究に明け暮れているという。


 さらなる魔法の高みを求めて、俺は今この都市へと向かっているところだった。


 きっと今頃は父さんと母さんが、怒るミラを宥めるのに苦労していることだろう。

 許せ、ミラ。

 帰ったらまた一緒にお風呂に入ってやるから。


 魔法の訓練を開始してから、三年と少しが経っている。

 俺は十九歳になっていた。


「なぁ、もしかしてあんたも魔法都市に行くつもりなのか?」


 と、馴れ馴れしく訪ねてきたのは、少し前の駅で乗り込んできた少年だった。

 歳はまだ十代の半ばに満たないくらいだろうか。


 俺が言えたことではないが、いかにも田舎出身といった素朴な格好をしているが、随分と負けん気が強そうな顔つきの持ち主である。


「ああ。そうだ」


 俺が答えると、少年は人を小馬鹿にするように笑った。


「おいおい。あんた、祝福受けてからその歳までい一体何してたんだよ? 魔法都市に行くにはさすがに遅すぎると思うぜ?」


 剣の都市は、すでに剣の腕に覚えのある者たちが集まる場所だった。

 そのため大半が経験を積んだ【上級職】であり、ギルドの新人であっても二十代、三十代は決して珍しくなかった。


 だが魔法都市は〝魔法使いたちの教育機関〟という側面も持っている。

〝学院〟と呼ばれる複数の学校で構成されており、都市の住民の大多数は学院の生徒だった。


 それゆえ都市を訪れるのは、祝福を受けてまだ数年程度の、十代前半の少年少女たちばかりらしい。


「やめなさいよ、カイト。たぶんこの人、今まで入学試験に落ち続けちゃってるのよ。頑張った結果がそれなんだから、あんまり馬鹿にしちゃダメ」


 フォローするようでかえって酷いことを言ってきたのは、少年と同年代の少女だった。

 少年を窘める顔は真剣そのものなので、本人的にはそのつもりはなさそうだが。


「うっせーな、クーファ。てか、お前こそ見下してんじゃねーか」

「は? そんなことないでしょ?」


 剣呑な空気になる二人。

 するともう一人の少女が執り成そうと慌てて割り込んでくる。


「ふ、ふ、二人ともっ、け、喧嘩はやめてくださいですっ……」

「別に喧嘩なんかしてねーよ、コレット」

「そうよ。ただカイトを窘めてるだけなんだから」


 恐らく三人は、同郷から一緒に魔法都市へ向かう幼馴染みといったところだろう。

 しかし俺を挟んで言い合うのはよしてほしい。


「ちっ」

「ふんっ」

「ふええ……」


 そんな俺の想いが通じたのか、三者三様の形で静かになってくれた。

 と思いきや、しばらくすると少年が再び口を開く。


「で、あんたは何の魔法が得意なんだ?」


 やけに俺に興味を示してくるな。

 もしくは単に暇つぶしの相手が欲しいだけか、あるいは会話をしていないと気が済まない性格なのか。


「ふむ。別にこれといってないが」


 俺は素直に応えた。


「あ? 何言ってんだ、あんた。あるだろ、得意な魔法が。てか、取得してるスキルのことだよ、スキル。ちなみにおれは赤魔法だ」


【基本職】である《魔術師》であっても、〈赤魔法・初級〉だったり、〈青魔法・初級〉だったりと、人によって取得できるスキルが異なる。

 どうやらこの少年は赤魔法系のスキルを持っているらしい。


 ちなみに魔法は以下の六種類存在すると言われている。



 赤魔法:火や熱などに関する魔法

 青魔法:水や氷、冷気などに関する魔法

 緑魔法:大気や天候などに関する魔法

 黄魔法:土や金属などに関する魔法

 白魔法:光や生命などに関する魔法

 黒魔法:闇や死などに関する魔法



 しかし俺はただの《無職》であり、当然ながら何のスキルも持っていない。

 ゆえに得意な魔法があるかと訊かれても、ないとしか答えようがなかった。


「そもそも俺には魔法のスキルなどない」


 いや魔法どころか、まったくないのだが。


「なにせ俺の職業は《無職》だからな」

「は?」


 と大きく口を開けて呆気にとられる少年。

 横で話を聞いていたのか、先ほどの少女がいきなり噴き出した。


「ぶふっ。あははっ! カイト、あなたからかわれてるのよ。普通、《無職》が魔法都市に入ろうなんて思うはずがないわ」

「なっ……」


 屈辱だったのか、少年は顔を真っ赤にする。


 いや、本当なんだがな。


「嘘じゃないぞ」


 俺は鑑定書を見せた。


「え、うそ? 本当に《無職》!? これ偽造じゃないのっ?」

「ほ、本当に居たんですね……」

「ぎゃはははっ! それでマジで魔法都市に入ろうとしてんのかよ! こいつ、頭おかしいだろ!」


 少年の笑い声に釣られるように、他の客たちも笑い出す。


 ふむ。

 この光景、以前も見たことがあるな。


 あのときは確か、この直後にキングオークが――


「おい、あれ……っ!」


 乗客の一人が強張った声で叫ぶ。


 俺は彼の視線が示す方角へと目を向ける。

 やたらデカいのがいた。


「と、トロルキング!?」


 やれやれ、今度はトロルの上位個体か。

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