第5話 花嫁修業に来たわけじゃない

「にーさま、あのめすぶたにはきをつけるです。くんれんのため、なんてうそっぱちで、かくじつににーさまねらいです」

「そうか? 一応、真剣にやってるみたいだぞ」


 ライナの弟子入り志願を母さんは二つ返事で受け入れた。

 母さんは弟子など取らないタイプだと思っていたので、俺には意外だったが、


『未来のお嫁さんですもの。しっかり教えますよ』


 などと嬉しそうに言いながら、ライナに家事の基本を教授し始めようとした。


『違う!? 私が教えてほしいのは剣の方だ! 花嫁修業に来たわけじゃない!』

『あら? そっちですか? うーん……そういう弟子は取っていないんですけど……いいでしょう。家事と並行してなら構いませんよ』


 という感じで、ライナは剣だけでなく、料理や掃除、洗濯などといった家事全般まで母さんから教わることになったのだった。


『何で私は貴様の家のトイレ掃除をしているんだ……』


 ライナはそんなことぶつぶつ呟きながらも、頑張って我が家の家事をやってくれている。

 ちなみになぜか住み込みだ。

 近くに実家があるはずなのだが。


『うふふ……何だか娘が一人増えたみたいで嬉しいです。それにライナちゃん、家事がダメダメ過ぎて教えがいがありますね』


 母さんは随分とライナのことを気に入ったらしい。


「みらはまったくうれしくないです」


 一方、膨れっ面なのはミラである。


「そう言わずに仲良くやってくれ」

「ぶー」


 ちなみに俺は今、ミラと一緒にお風呂に入っている。

 頭を洗ってやっていた。


「どこか痒いところはないか?」

「ぜんしんなのです」

「全身?」

「です。だからにーさま、みらのからだをあますところなく――」



「――何で兄妹で一緒に風呂に入っているんだぁぁぁっ!?」



 いきなり風呂の扉が開いたかと思うと、ライナの怒声が狭い浴室に轟いた。


「どうしたんだ?」

「ちょっ、こっち向くな!? ししし、下が見えるだろう!?」


 ライナは慌てて両手で顔を隠す。


「指の隙間から見ているぞ?」

「みみ、見てない! 見てないからな!? そ、そんなことより! なぜ貴様らは兄妹で風呂に入っているんだ!?」

「ふむ? ミラをお風呂に入れさせるのは、二歳の頃からずっと俺の役目だったが?」


 もちろん剣の都市に行っている間はやれなかったが。


「そろそろ一人で入れる頃だろう!?」

「むりです。みら、ひとりでおふろはこわいのです」

「急に幼さアピールするな!」

「アピールというか、ミラは実際まだ五歳児だしな。仕方がない」

「そうなのです。しかたないのです」


 反論されて、ぐぬぬぬ、と唸るライナ。

 結局何も言い返せず、すごすごと浴室から退散してしまった。


「…………めすぶた、あやまってけんをのみこんでしねばいいのに」

「ん? 何か言ったか?」

「なんでもないのです、にーさま」


 それから二人で湯船に浸かっていると、再び扉が開いた。

 今度は何だ?

 と思っていると、父さんだった。


「ミラや……お父さんも一緒に入って良いか……?」

「だめなのです」

「何でだミラ!? 昔は一緒に入ってくれただろう!?」

「みらはもう、ごさいなのです。ちちおやとおふろにはいるじきは、とっくにすぎたです」

「アレルは良いのにか!?」

「とうぜんなのです。あにといもうとなら、いくつになってもかまわないのです」


 ……ん?

 ミラが今、変なことを言った気がするが……まぁ気のせいか。






「……さ、さすがだ、アレル。まさかこの短期間で、ここまで魔力を増やすなんて……」


 父さんが目を丸くして驚いていた。


「恐らく、祝福を受けた直後の《魔術師》相当はあるだろう……」


 魔力量増加の訓練を初めて、およそ半年。

 ついに俺は必要最低限の魔力を手に入れたのだった。


 当初のごく微量の魔力量と比較すると、恐らく二十倍以上にはなっていると思う。


「どうだ、父さん、これなら魔法を発動できそうか?」

「そうだな……」


 俺が訊くと、父さんは少々歯切れ悪そうに、


「確かに、初級の魔法なら十分に放てる魔力量だが……。しかしここでもう一つ、お前は厄介な問題を乗り越えなければならない」

「厄介な問題?」


 父さんは言う。


「魔法を発動するためには、特別な魔法文字で構成された〝術式〟と呼ばれるものが必要だ。これを特別な素材に描くことで発動する方法もあるが、一般的には使い手が頭の中に思い描くことで発動させる」

「なるほど。ならその術式を教えてほしい。というか、それなら先に教えておいてくれればよかったのだが」

「も、もちろんそのつもりだったが、さすがにこんなに早く次のステップに進めるようになるとは思わなかったんだよ」


 言いながら、父さんは懐からあるものを取り出してきた。

 そこには何やら見たことのない文字がぎっしり書かれているが、手書きのようだ。

 父さんが作ったのだろうか?


「こいつは魔法文字と文法を書いたものだ。アレルのためにお父さんが作っておいたんだ」


 少しだけ自慢げに言う父さん。

 褒めて欲しそうだ。


「そうか。助かる。……ふむ」


 軽く目を通した俺は、すぐにその難解さを悟った。


「まさか魔法使いというのは、魔法を使う度にこんな面倒な術式を頭の中に構築しているのか?」

「いや、そうではない。必要とする術式が、半自動的に頭の中に浮かび上がってくるようになっているんだ。だからわざわざ一からややこしい術式を組み上げなくていい」


 なるほど。

 それこそが魔法系スキルの効果ということか。


「だが俺にはスキルがない」

「そうだ。つまり……」


 俺は魔法を発動しようとする度、毎回この厄介な術式をすべて自力で構築しなければならないということだ。


「……まぁ、どうにかなるだろう」

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