第32話 死ぬほど頑張る

「おい、リリアっ……ありゃあ一体、どういうことだよ……っ?」


 リリアの父、ロッドはその試合を見ながら呆然と呻いた。


 娘に無理やり連れて来られ、仕方なく彼は剣神杯本選の第一回戦を観戦していた。

 身体を縄でぐるぐる巻きに縛られているのは、リリアの仕業である。


「あのガキ、《剣帝》とまともにやり合って……いや、やがる……っ!」


 さすがは元ナンバーワン剣士。

 他の観客たちがアレルの防戦一方と見ている中にあって、彼は試合の趨勢をはっきりと悟っていた。


「リリア、あいつは何者だ!? 【最上級職】の《剣帝》を相手にあの余裕! それに何より、戦っているところを見ていてもまるで職業が分からねぇ……っ! 一体、奴は何の職業なんだ!?」


 通常、職業によって戦い方にはクセがはっきりと出る。

 ゆえに目の肥えた剣士であれば、試合をしている様子を眺めているだけでその職業を言い当てることが可能だった。

 ロッドも例外ではない。


 だが、舞台上で《剣帝》の攻撃をすべて防いでみせている少年は、まるでピンとこないのだ。

《細剣士》のような技の冴えと素早さを見せたかと思えば、《剛剣士》のような怪力と耐久力の高さもある。


 まるで幾つもの職業が同居しているかのような戦い方。

 そんなことはあり得ないはずだった。


 その職業をマスターすれば、より上位の職業へと転職できる場合があるが、それはあくまで前職の性質を引き継ぎ、より高めた次元に至るというもの。

 ゆえに、あんなふうにまったく異なる性質からなる剣を複数身につけているなど、考えられないのだ。


 居ても経ってもいられず、隣に座る娘に問うロッド。

 返ってきた返答に、彼は耳を疑うことになった。


「え? 知らなかったんですか? 《無職》ですよ、アレルさんは」

「なっ……」


 馬鹿な、そんなことあるはずがない。

 性格の悪い娘が自分をからかっているのだ。


 最初に頭に浮かんだのはそうした考えだったが、そう言えば、と。


 ――はたまた今大会最大のダークホース、《無職》の新人剣士アレルがまたしても驚愕の強さを我々に見せてくれるのか!


 娘のせいで酷く苛立っていたこともあって適当に聞き流していのたが、確かにそんなふうに紹介していたかもしれない、と思い出す。


「だが、《無職》があんな剣を使えるはずが……」


 それでも信じられずに唇を戦慄かせるロッドへ、リリアが頷いた。


「誰もがそう思っていました。スキルの恩恵が無ければ、剣士になることができない。剣の訓練をしても、〈剣技〉のスキル持ちには到底叶いっこない」


 そう。

 それが常識だ。

 この世界に生きる誰もがそう信じ、だからこそ人は、女神の祝福によって望みの職業を与えられなければ絶望し、与えられれば泣いて感謝するのだ。


「……ですが、アレルさんはその常識を覆してしまったんですよ。見ての通り、女神様の恩恵が無いにもかかわらず、自力で〝スキル〟を習得して」

「一体、どうやってっ……どうやってあいつは《無職》の身でスキルを使えるようになりやがった!?」


 久しく忘れていた気持ちが胸の奥から湧き上がるのを感じながら、ロッドは問う。


「アレルさんが言うには、すごく簡単らしいですよ……」


 リリアはどこか呆れた顔をして、言った。


「――死ぬほど頑張る、だそうです」




    ◇ ◇ ◇




「は、ははははっ! ははははははははっ!」


 む?

 ゲオルグがいきなり笑い出したぞ?

 もしかして気でも触れたのだろうか?


「くくくっ……いやぁ、私はなんてついていないんだろうと思ってねぇ。せっかくあの男を、トップの座を奪ったというのに。まさか君のような常識はずれの化け物が現れるとは……」


 そう説明されても、笑いのポイントがよく分からない。


「どう足掻いても私では勝てそうもない。そうはっきりと悟ったよ」

「まさか棄権するつもりではないだろうな? してもいいが、せめてすべてのスキルをみせてからにしてほしい」

「くく、どこまでも腹立たしい餓鬼だねぇ……。生憎、まだ私は勝負を捨ててはいないさ。たとえ名声は失おうと、この座だけは死守してみせよう」


 言いながら、ゲオルグは背負っていた剣の柄に手をかける。


『おおっと!? ゲオルグ剣士、いつもとは違う剣を使うようです! もしかすると特殊効果を持つ剣でしょうか! 試合では使用を禁止されてはいませんが、まさか《剣帝》がと、会場中がざわめいております!』


 世界には様々な特殊な効果を持つ武具が存在している。

 しかしここ剣の都市では、それらの存在は忌み嫌われていた。

 剣の性能に頼ることを良しとしない風潮があるためだ。


 剣士ではない者が使い、武具に頼った戦いでこの都市の剣士たちに挑むのはいい。

 だがこの都市の剣士がそうした武具を使用すると、大きな非難を浴びるのだ。


 ……俺に言わせれば、そもそも女神の加護に頼っている彼らが何を言っているのだという話であるのだが。


 ゲオルグが鞘からその剣を抜く。

 その瞬間、異様な気配が噴き出した。


「聞いて驚くがいい。これはかつて魔王を討伐した伝説の英雄の一人、《剣神》アレキサンダーが使っていた最強の剣でねぇ。今もその記憶が刀身に宿っていて、手にした者に《剣神》の力を与えてくれるというのさ」


 その割には随分と禍々しいけどな。

 まるで魔剣だぞ。


「無論、使い手も相応の実力がなければならない。《剣帝》の私であれば、当然――――がああああああああああっ!?」


 ゲオルグが突如として悲鳴を上げて苦しみ始めた。


「な、なんだこれはっ!? がああっ!? 痛いっ!? あああああああっ!?」


 絶叫を上げながら、ゲオルグの身体が変貌していく。

 肌が灰色へと変わり、その額から鋭い一本の角が生えてくる。


 ふむ。

 やはり魔剣の類いだったようだな。

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