第1話 豚にも化粧というやつですか
「あ、アレル……?」
「アレルちゃん!?」
ベフィの頭上に立つ俺を見上げ、父さんと母さんが目を丸くしている。
ライナも一緒だ。
どうやら修行とやらから帰ってきららしい。
「こ、この魔物はっ……」
「従魔にした」
「「「じゅっ……従魔にした!?」」」
ふむ? そんなに驚くようなことだろうか?
「そりゃ、魔物調教師だからな。魔物の一匹や二匹、従魔にしているものだろう」
あるいは、俺が魔物調教師になるのは不可能だと思っていたのかもしれない。
「そ、そういう話ではない! その一匹が大き過ぎると言っているんだ!」
ライナが叫んだ。
「お母さんの目が確かなら、神話級のベヒモスに見えるんですけど……?」
「正真正銘、そのベヒモスだが」
『ん』
ベフィが頷くと、鼻息で強い風が吹き荒れた。
「だが、ここまで大きいのはベフィだけだぞ? せっかくだし、紹介しておくか」
人化した状態だと魔物だと思われないかもしれないので、元の姿に戻ってもらう。
リビィが巨大化する。
「なぁ、母さん? 見間違えかな? 神話級のリヴァイアサンに見えるのだが……」
「いいえ、お父さん。見間違えじゃないと思います。わたしにも見えますし……でも、単に大きい蛇……という可能性も」
「リヴァイアサン以外にこんな大きな蛇がいるとは思えないのだが……」
俺は言った。
「本物のリヴァイアサンだぞ。海で捕獲した」
『なんか随分とちっちゃな町だねぇ~!』
リビィが首をぶんぶんと振ると軽い竜巻が発生した。
続いてフェニーが元の姿に。
「……か、母さん! わしの見間違えかなぁっ!? 今度は神話級のフェニックスに見えるのだが!」
「いいえ、お父さん! 見間違えじゃないと思います! わたしにも見えますし! ……でも、単に大きい鳥……という可能性もっ!」
「フェニックス以外にこんな大きな鳥がいるとは思えないのだがっ! 第一、燃えているし!」
三人はヤケクソ気味にさっきと同じようなセリフを繰り返した。
「間違いなくフェニックスだ」
『……』
「「「熱っ……」」」
フェニーが翼をはためかせると、猛烈な熱風が地上を焼く。
「……アレル……お前は一体どこまで行ってしまうんだ……」
「すでにお母さんの想像を超え過ぎていて分かりません」
なぜか疲れたような顔をしている。
ふむ? プルルやマティのことを紹介するのは後にした方がいいかもしれないな。
そんなこんなで実家に戻ってきた。
相変わらず落ち着くな。
「……父さんはまったく落ち着けないのだが」
そう言いながら、リビングのあちこちに陣取った彼らを見渡す父さん。
ベフィは長い身体を折り畳むようにしてソファで猫のように眠っていて、リビィは母さんが作ったおやつを美味しそうに食べている。
フェニーは優雅に紅茶を飲んでいるように見えるが、緊張しているのかよく見たら父さん以上に顔が強張っている。
「でもお母さんは賑やかでいいと思いますよ。さすがに元の姿で暴れられちゃうと困りますけど、こうしているとちょっと変わった人くらいにしか見えませんし」
一方の母さんはあっさり受け入れたようだ。
「それにしても人化とは不思議なものだな……。あれがここまで小さくなるとは……。魔法の一種だとは思うが……ううむ、基本の六種外らしく、父さんにも分からない」
どうやら父さんにも分からないらしい。
ベフィたちにも訊いたのだが、感覚的に使っているようで術式すら分からなかった。
もし解析できれば、逆に巨大化してみたり、魔物に変身したりできると思ったのだが。
「そう言えばミラはどこに行ったんだ?」
「ミラちゃんなら自分の部屋にいると思いますよ」
これだけ騒がしくしているのだから、俺が帰ってきたことは分かっているはずだ。
なのに姿も見せない。
やはり嫌われてしまったのだろう。
と思っていると、そこへ。
「兄様、お帰りなさいです」
「……ミラ?」
振り向いて驚かされた。
たった半年なのに、また一段と大人っぽくなっていたのだ。
背はとっくに姉さんを追い越しているが、そのうち父さんも抜いてしまいそうだ。
どこかに出かけるつもりだったのか、お洒落な服を着ていて、よく見ると化粧もしている。
なぜかライナが声を荒らげた。
「おいっ、何で化粧をしている!」
「女の子なら当然です。二十歳にもなってまともに化粧もできない、どこかの雄勝りな雌豚と一緒にしないでほしいのです」
「だ、誰が雌豚だっ! わ、私だって化粧くらいしたことある! ……い、一、二回……」
「豚にも化粧というやつですか」
「そんな諺はない! そもそも家にいるときに化粧なんてしないだろう!」
「ミラはするです」
「さっきまで普通にすっぴんだっただろうが!」
また喧嘩している……。
「それよりミラ、怒っていたんじゃないのか?」
「何のことです?」
「ふむ? 俺はてっきりミラに嫌われてしまったのかと思っていたのだが」
「そんなはずないです。ミラが兄様を嫌うなんて、あり得ない話です」
「そうか。それならいいんだ」
俺がほっと胸を撫で下ろしていると、ミラが近づいてきた。
香水のいい匂いが漂ってくる。
「兄様、長旅できっと汗を掻いているです。お風呂に入るといいです」
「む? そうだな。確かに入りたいな」
「そう思って、お湯を沸かしているところです」
「気が利くじゃないか」
だからなかなか顔を見せなかったのか。
やはり兄想いの可愛い妹だ。
「ミラも一緒に入っていいです?」
「ああ、もちろんだ」
「待て待てぇっ!」
ライナが大声で割り込んできた。
「もうすぐ十歳だろう! 来月には祝福の儀を受けるんだ! いい加減、兄妹でお風呂に入るのはやめたらどうだ!」
「余所豚は口を挟まないでほしいです」
「だから豚扱いはやめろ!」
む、そういえばもうそんな時期だった。
「ミラが祝福の儀を受けるのか」
「そうなのです。ミラはもう大人になるのです」
「大人ならなおさら一人で風呂に入れるだろう!」
「……それとこれとは話が別なのです」
「一緒だ!」
「別なのです」
また言い合いを始めてしまった。
しかしあの小さかったミラがもう十歳とは……。
時が経つのは早いものだなぁ。
どんな職業を授かるのだろうか?
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