第2話 男に二言はないな?
「アレル、私と勝負しろ!」
実家に戻ってきた翌日。
ライナが唐突にそんなことを言ってきた。
「……なんだ、藪から棒に?」
「なんで不思議そうな顔をしている! 私が何のためにファラ殿に弟子入りしたと思っている!」
「花嫁修業?」
「ではないっ! 確かに家事もしていたが! それはあくまで主婦であるファラ殿の手伝いだ! メインは剣の方だ!」
そういえばそうだったか。
「すべては貴様を倒すため! そのために厳しい修行をしてきたのだぞ!」
「ライナも随分と諦めの悪い性格をしているな」
「貴様にだけは言われたくないのだが」
まぁ断る理由もない。
俺はライナの挑戦を受けることにした。
さすがに昔みたいに街中で戦うわけにはいかない。
町の外、それもできるだけ遠い方がいい。
前に母さんと戦ったときは町から近すぎたせいで、戦いの余波を受けた町が大混乱に陥ったことがあったしな。
あのときはライナの父親が血相を変えて駆けつけてきたっけ。
そういえば昨日、ベヒモスが近づいてくるのを見て腰を抜かしかけたらしい。
とはいえ、そんなに激しい戦いにはならない気がする。
どこまで強くなったかは知らないが。
「ところで俺は魔法も使っていいのか?」
「そ、それはダメだ」
純粋に剣だけでの勝負らしい。
まぁ端から魔法を使う気はないが……一方的な展開になり過ぎるだろうからな。
一応確認しておきたかっただけだ。
「魔物は?」
「絶対勘弁してくれ!」
もちろんこれも訊いてみただけだ。
「分かった。じゃあ始めるか。加護がなくなるまででいいな」
「……貴様、私に負けることなどあり得ないと思っているだろう?」
「ふむ、よく分かったな?」
「顔を見れば丸分かりだ!」
ライナはそこで、ふん、と鼻を鳴らして、
「そんなに余裕だというのなら、一つ賭けをしようではないか」
「賭け?」
「そうだ。……負けた方は勝った方の命令を何でも一つだけ聞かなければならない、というのはどうだ?」
「別に構わないが……」
「本当だな? 貴様が負けたら、どんな理不尽なことであっても、必ず私の言うことを聞かなければならないんだぞ?」
「負けたらの話だろう? 負けないから大丈夫だ」
「ふ、ふ、ふ……言ったな? 男に二言はないな?」
口端を吊り上げて不敵に笑うと、ライナは剣を抜いた。
すると一瞬、刀身それ自体が淡く光ったような気がした。
ふむ、ただの剣ではなさそうだな。
ただ抜いただけだというのに、物凄い圧力を感じる。
「これはあの剣の都市のダンジョンの攻略特典として手に入れた
なるほど、俺も以前潜ったことのあるあのダンジョンか。
攻略特典ということは、最下層まで辿り着いたのだろう。
剣士にとって剣は身体の一部だ。
特別な能力を持つ剣であろうと、それを使って戦うのはおかしなことではない。
しかもライナがダンジョンに潜り、自力で手に入れたものだ。
「まぁどんな能力があろうと、問題な――――?」
突然、身体に異変が起こった。
何事かと思って動かそうとするが、ぴくりともしない。
まるで全身が金属にでもなったかのようだ。
まさか、これがあの剣の……?
「そうだ! これこそがこの剣の力! 相手の動きを完璧に封じるという、まさに神話級に相応しい能力だろう? もっとも、効果時間はせいぜい数分だがな」
なるほど、思いきり力を入れてみても、本当にまったく動けない。
これでは剣を振ることもできないぞ。
身体を動かす必要のない魔法なら使えそうだが……事前に魔法は禁止と決めてしまったしな。
「……さすがにズルくないか?」
「か、勝てばいいんだっ、勝てばっ!」
こんな勝ち方でも構わないらしい。
厳しい修行とは一体何だったのか。
「さあ、降参するなら今の内だぞ」
「降参する気はないが」
「そうか。ならば痛みを我慢するがいい。貴様は慣れているだろうがな」
ライナが斬り掛かってくる。
だが間合いに入る前に、先に俺の放った斬撃が彼女の胴に直撃した。
「なっ……? き、貴様、今なにをした?」
「何をって、攻撃される前に攻撃したのだが」
「まさか魔法かっ? 言っただろうっ! 魔法は禁止だと!」
「いや、魔法じゃないぞ。普通に斬撃だ」
「馬鹿なことを言うな! 貴様は今、身体が動かないはずだっ」
「別に剣を振らなくても斬撃を放てるだろう?」
「どういうことだ!?」
俺は簡単に説明した。
「イメージするだけだ。絶対に斬る、と。そうすれば本当に斬れる」
「意味が分からないのだが!?」
「まぁ人格分離法を習得できるほどのイメージ力がないと難しいだろうけどな」
「そもそもその人格分離法とは何だ!?」
ライナは頭を抱えて叫ぶ。
「余所見している場合じゃないぞ」
「ぎゃっ。……くそっ、冗談じゃない!」
ライナは負けじと反撃してくるが、しかし俺の攻撃の方が早い。
「がっ……き、貴様っ、出鱈目にも程があるだろうっ!?」
「そうか? 結構疲れるから何時間も使えないけどな」
「……負けた……」
加護がすべて無くなったライナは、両手を地面に付いて項垂れていた。
「そう気を落とすな。強くなってたと思うぞ? さすが母さんから直接手ほどきを受けただけのことはある」
「ぜんぜん慰めになってない! 動けない相手にすら負けたなんて、私のこの数年の努力は何だったんだ!」
「確かに、なかなか恥ずかしい負け方ではあったな」
「うわーーーーーーーーーんっ!」
また泣かせてしまった。
もう二十歳を過ぎているというのに、相変わらず子供のような泣き方だ。
「仕方ないな。勝ったのは俺だが、何でも一つ言うことを聞いてやる。だから元気出せ」
「ほ、本当か!?」
「ああ」
「本当の本当に本当だなっ? 聞いてから、やっぱなし! なんて言うなよ!?」
「本当だって。それで、勝ったら何を命令するつもりだったんだ?」
ライナは腕でごしごしと涙を拭うと、急に顔を真っ赤にして、
「そ、その……わ、わ、わ、私と……け、け、け、けけけっ……」
「けけけ?」
「けっ、結婚してくれ……っ!」
なんだ。
そんなことか。
「いいぞ」
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