第3話 綺麗でつい見惚れてしまった

 俺はライナと結婚することになった。

 家に帰って父さんと母さんに報告すると、「ようやくか」「時間がかかりましたねぇ」などと言いながら喜ばれた。


「結婚式をしなくちゃいけませんね!」


 その日から母さんが張り切って式の準備を始めた。

 そのお陰もあって、町で唯一の教会で行われた結婚式には、大勢の人たちが参列することとなった。


「アレルくんおめでとう!」

「お幸せに!」


 座席を埋め尽くす彼らに祝われながら、俺は式場に入場した。


「おめでとう、アレル君」


 祭壇前まで歩いていくと、そこで待っていたのはこの町で長年、祝福の儀式を担当している《司教》のロゼットだ。

 ちょうど数日後に今年の祝福の儀式が行われるということもあって現在この町に滞在しており、それで俺たちの結婚式で祝詞を上げてくれることになったのだった。


 しばらく待っていると、今度はライナが父親と並んで式場に入ってきた。

 あちこちで思わず息を呑む声。

 次いで、微かな笑い声。


「と、父さんっ、何もそんなに泣かなくてもいいだろうっ?」

「うううううっ! だって、ライナ……っ! パパは嬉しくて嬉しくて……っ!」


 笑い声の理由は、ライナの父親・エバンズがすでに大泣きしていたからだろう。

 熊のような大男が鼻水を垂らして泣いているのは、確かにちょっと滑稽ではある。


「ずっと娘さんのこと気にしてたからねぇ」

「遅くにできた子だったからなおさら可愛いんだろう」

「だがこれで一安心だな」

「よかったねぇ、エバンズさん」


 元自警団長ということもあって、彼のことは街中の人たちが知っている。

 皆から温かい言葉を掛けられ、エバンズはますます泣きじゃくった。


「うお~~っ、ライナぁっ、じあわぜになっでぐれよぉ~~~~っ!!」

「やめてくれっ! ……まったく、こっちが恥ずかしい……」


 ライナが溜息を吐きながら俺のところまでやってきた。


「ど、どうしたんだ……? そ、そんなにじろじろ見てっ……」

「いや、すごく綺麗でつい見惚れてしまった」

「なななっ」


 ウェディングドレスに身を包んだライナは美しかった。

 純白の衣装に赤い髪が映え、しっかりと施された化粧によって整った顔立ちがいっそう引き立っている。


「あああ、あんまりからかうなっ! 男勝りな私にはあまり似合ってないだろうっ!」

「そんなことないぞ? 昔は男にしか見えなかったが、今は女らしくなった。年々綺麗になっているんじゃないか?」

「~~~~っ!」


 ライナの顔が真っ赤に染まる。


「あらあら、アレルちゃんったら、みんなの前でいちゃついて」

「母さん、儂らの若い頃を思い出すなぁ」


 俺とライナが並んで立つと、ロゼットがまず俺の方を見て問う。


「汝アレルはこの女ライナを妻とし、富めるときも貧しきときも、病めるときも健やかなるときも、愛し続けることを誓いますか?」

「誓う」


 続いてライナの方を向くと、


「汝ライナはこの男アレルを夫とし、富めるときも貧しきときも、病めるときも健やかなるときも、愛し続けることを誓いますか?」

「ちちち、誓うっ……!」


 ロゼットは神妙に頷くと、


「では、誓いの口づけを」

「ちょっと待つのだぁぁぁぁぁぁっ!」


 そのとき突然、怒鳴り声とともに教会の扉が開かれ、小柄な人影が飛び込んできた。


「その誓い、お姉ちゃんが許さないのだっ!」


 姉さんだ。


「ていうか、そもそも何でお姉ちゃんなのに式に呼ばれてないのだっ!? 昨日初めて知って慌てて飛んできたのだぞっ!」


 こういうことをしてくる可能性があったからに決まっているだろう。


「そんな女に可愛いアレルはやれないのだっ! 今すぐそこをあたしと代わって――」

「ふふふ、お姉ちゃん? 今日はどんなお仕置きをされたいんですかね?」

「――ひいいっ、母ちゃん!? くっ、だが今日は相手が母ちゃんだろうが、絶対に負けないのだ! おい、お前たち!」


 姉さんが叫ぶと、式場に八人の女性たちが入ってきた。


 見たことのある連中だな。

 確か、八将軍だったか。


「今日はうちの八将軍を全員連れてきたのだ! 相手が母ちゃんだろうと、負けることは――ん? ちょっと待つのだ? お前たち、何であたしの身体を掴んで……」

「陛下、お許しを」

「これは陛下のためを思っての行動です」

「あの母君を怒らせてはなりません」


 八将軍たちは軽々と姉さんの身体を持ち上げた。


っ! っ! あれっ、なんで〈天命〉が効かないのだっ!?」

「こんなこともあろうかと耳栓を」

「あほーっ! この不敬者どもがぁぁぁっ!」


 結局、姉さんは成す術なく式場の外へと運ばれていった。


「ご、ごほん」


 ロゼットは咳払いで場を沈めると、何事もなかったように続ける。


「では、今度こそ誓いの口づけを」


 俺はライナに近づいた。


「ままま、待ってくれっ!」

「どうした?」

「こここ、心の準備がががががっ!」


 すー、はー、すー、はー、と深呼吸を繰り返すライナ。


「キスで緊張するなんて、可愛い新婦さんだこと」

「もしかしてファーストキスなんじゃ?」

「まさか」

「あの子ならあり得るでしょ?」


 参列者がひそひそと囁き合っている。


「よ、よし! どどど、どっからでもかかってこい!」


 ようやく準備ができたのか、ライナは力強く宣言する。

 まるでこれから試合でもするかのような気合の入りようだ。


「いくぞ」


 今度こそと、俺はライナとの距離を詰める。

 ……しかし、


「ままま、待った! タンマ! やっぱまだ準備がががががっ!」


 真っ赤になった顔を逸らし、再びそんなことを言い出す。


 困った。

 これじゃいつまで経っても終わりそうにないぞ。

 参列者もさすがに呆れ始めている。


 ここは俺がどうにかすべきところだろう。


 ――〝縮地〟。


 俺は一瞬で間合いを詰めると、彼女の足を払う。


「ひゃっ!?」


 宙に浮いたところを両腕でしっかりキャッチ。

 そうしてお姫様抱っこをした状態で、俺は彼女の唇を奪った。

 ……ふむ、柔らかい。


「「「おおおおおおおおおっ!!」」」


 なぜか式場が湧いた。


「~~~~~~~~っ!」


 ぼふぅっ!


 ライナの頭から湯気が上がったかと思うと、「きゅー」という謎の悲鳴とともに気を失ってしまう。


「キスくらいで大袈裟だな」


 ……ともかく、こうして俺はライナと結婚したのだった。

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