第28話 兄様そっくりです

「ほれほれ、こっちじゃぞ~」

「はい、残念、本物はこっちじゃ~」

「というのは嘘、本当の本物はこっち~」

「と見せかけて、実はこっちじゃったのう!」


 捕まえたと思ったら、婆さんの姿が消えてしまう。

 先ほどからそれを何度も何度も繰り返しているだけだ。


 婆さんの人を小馬鹿にするようなセリフと顔には神経を逆撫でされる。

 あの顔をぶん殴りたい。


「にしても、厄介なスキルだな」


〈分身〉スキルは〈残像〉と違い、実体を生み出す。

 本人の意思で好きなときに出したり消したりできる上に、本体とまったく見分けがつかなかった。


 どこかに本体がいるのは間違いないが、区別できないなら虱潰しに捕獲していくしかない。

 ……いや、リスクを考えると、姿を現さずに隠れている可能性の方が高いか。


 俺はそう判断して、俺のことを嘲笑っている婆さんたちをいったん無視。

 付近を探し始めた。

 しかしなかなか見つからない。


「かっかっか、無駄じゃ無駄じゃ」

「いくら探してもそんなところにはおらぬぞ?」

「残念無念、また来週~」


 俺でも見つけられないくらい完璧に気配を消しているのか、あるいは、あの分身たちは遠隔から操っているのか。

 後者なら完全なお手上げだ。


 ……待てよ?

 俺はふとある疑問を抱く。


 あれだけの性能の分身を、果たして無制限に生み出し続けることができるものだろうか。

 何らかの制約があるのではないか。


 気になるのは、俺が捕まえた瞬間、即座に分身が消えてしまうことだ。

 なぜわざわざ消す必要があるのだろうか?

 分身を使って俺を拘束するなり攻撃するなりすれば、それだけ時間を稼ぐことができるはずだ。


 もしかしたらその点こそが、〈分身〉スキルが持つ制約と関係しているのかもしれない。

 まぁ単純に他人を虚仮にして楽しんでいるだけ、という可能性もあるが……。


「試してみる価値はあるな」


 俺は本体探しを中断し、一番近くにいた分身に襲い掛かった。


「かっかっか、残念、これも分し――」


 ズバッ!


 婆さんが消える前に、俺の放った斬撃が婆さんを斬り裂いていた。


「「「ぎゃああああああっ!?」」」


 次の瞬間、婆さんたちが一斉に悲鳴を上げた。

 その様子に満足して、俺は頷く。


「なるほど。つまり分身同士で痛覚を共有しているということか。……いや、違うな。そもそも分身など存在せず、すべてが本体と同じということ?」


 そう考えると色んなことの説明がつく。


 本体と分身などという区別はなく、あれらはすべてが本体。

 だから一体でもダメージを受ければ、すべての婆さんの加護が減る。

 加護は共有しており、分身を増やした分だけ増えるわけではないのだ。


「俺はどうやら〈分身〉というスキル名に騙されていたらしいな」

「くっ……お主、年寄りを躊躇なく斬りおって!」

「婆さん扱いされるのは嫌なんじゃなかったのか?」







「さて、約束通りミラを出してもらおうか」


 俺は婆さんを睨みつける。


「かっかっか、ミラならもうここにはおらん。実家に帰ったからの」

「実家に?」

「そうじゃ。もう家出は終わりにすると言っておったぞ」

「……」


 それが本当なら一安心なのだが、しかし腑に落ちない。

 一体、ミラは何のために各地を転々としていたのだろうか。

 まぁ旅をしたことで気が晴れたというのならそれでいいのだが、何かが引っかかる。


「ミラはどんな様子だった?」

「優秀な弟子じゃったぞ。《殺神》であるこのわしが直々にあやつに暗殺術を教えてやったのじゃが、何でもあっという間に吸収していったのじゃ。まさか、たった半年でわしに追いつくとはの。今のあやつには殺せぬ者などおらぬ」

「ちょ、ちょっと待て。暗殺術? 半年? 何を言っているんだ?」


 ミラが家を出たのが半年前なのだ。

 ここに来たのはもっと後のはず。


「かっかっか、間違いないぞ? 半年前、ちょうど今のお主のように、突然この都市に現れて上層で暴れ回っておったのじゃ。聞けば、ここに来れば暗殺のスキルを最短時間で習得できると思ったらしい」


 だとすれば、俺が追いかけていたのは誰だったんだ?

 いや、考えてみればミラを見たわけではない。

 俺が追っていたのは、ミラの情報だけだ。


 もしあれがすべて嘘だったとしたら……?


「……婆さ――姐さん、ミラの職業は一体、何なんだ?」

「あやつは《暗殺姫》じゃ。今はどうなっておるか分からぬが……少なくとも、祝福のときに与えられたのはそれじゃった。そしてその瞬間、あやつは考えたのじゃ。これならば殺れるかもしれない、と」

「殺れる? 一体、誰を…………まさか、俺?」


 しかしそれならなぜ実家に?

 この都市で待ち構えていた方が、成功の確率は上がるはず。


「かっかっか、何とも鈍いやつじゃのう。妹の本心にまったく気づいておらぬではないか。確かにいずれ殺意を向けられることになるかもしれぬが、今はお主以外の人間じゃ」


 俺以外……誰だ?

 父さんか、母さんか?


 ……まさか、ライナ?



     ◇ ◇ ◇



「たった半年だというのに随分と懐かしいです」


 住み慣れた実家の外観を眺めながら、ミラは静かに呟いた。


 この半年は、彼女の人生で最も濃密な時間だった。

 祝福を受けるなり家を飛び出し、単身で監獄都市に。

 世界で最も治安の悪い都市と言われるそこで、彼女は自らに与えられた天職を極めるため、血の滲むような訓練に明け暮れたのだ。


 そして――


「今なら確実にあいつをヤれるです」


 完璧に気配を消し、ミラは風呂場の窓から家の中へと忍び込む。

 誰もが寝静まっている深夜だが、決して油断はできない。


 とりわけミラの母親は異常なほど鋭い感覚を持っている。

 たとえ眠っていたとしても、並の泥棒ならば侵入と同時に察知されることだろう。

 監獄都市での訓練の大半は、そんな母親すら気づけないレベルの隠密スキルを身に着けることだったと言っても過言ではない。


 さらに今は神話級の魔物たちも暮らしている。

 強大な力を有しているせいか警戒心は薄く、気づかれる心配は少ないだろうが、それでも決して侮ってはいけないだろう。


 ミラは廊下を進み、階段で二階へ。

 両親の寝室の前を通り、そして奥にあるのは兄の部屋。


 慎重に扉を開き、中へと忍び込んだ。

 すると最愛の兄のベッドの上で眠っていたのは、赤い髪の女――ライナだ。


 ミラの侵入に気づく様子はなく、熟睡しているようだ。

 しかしミラは決して油断することなくベッドの傍へと近づいていった。


 そして間合いに入る。

 今のミラなら、相手を眠ったまま仕留められる距離だ。


「っ?」


 と、さすがの彼女も緊張していたからか、ここにきて初めてベッドの上の寝息が一つではないことに気がついた。


 横向きに眠るライナの腕の中。

 そこに二つの小さな命が抱えられていたのである。


 赤ん坊だ。

 それも男の子と女の子。

 仲良さそうに寄り添って眠っている。


 二人ともライナによく似た髪の色をしており、特に女の子の方は顔まで彼女にそっくりだ。

 そして男の子の方は、


「……兄様そっくりです」

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