第27話 どうやって捕まえるんだ

 何か細い糸のようなものが手足に巻き付いており、それに釣り上げられるようにして宙へ。


 どうやら特殊な素材でできた糸らしく、頑丈だ。

 だがこの細さだし、俺なら引き千切ることくらいできるだろう。


 そう思って手足に力を入れると、糸は簡単には切れず、肉へと食い込んでいった。

 ……ふむ、随分と頑丈で、しかもよく切れる糸のようだ。


「無理やり抜け出そうなどと思わぬ方がよいぞ。手足の先を失いたくなかったらの」


 小さな人影が近づいてくる。


 それは随分と小柄な婆さんだった。

 腰が曲がっているのかと思ったが、背中はぴんと真っ直ぐ伸びていた。

 単に元から背が低いだけのようだ。


 足取りもしっかりしている……というレベルではなく、隙のない見事な足運びである。

 只者ではないことはその気配からも明らかだった。


「まさか、あんたが」

「そうじゃ。お主が探しておったこの都市の総領。それがこのわしじゃ」

「こんなちんちくりんの婆さんが?」


 しかし考えてみると、監獄だったここが囚人たちに奪い取られたのは、今から何十年も前のことなのだ。

 その際のリーダーだった人物ともなれば、あれくらいの老人であってもおかしくない。

 さすがに爺さんではなく婆さんだったのは、完全に予想外だが。


 それにしてもこのちんちくりん具合、誰かさんたちにそっくりだな。

 歳を取って縮んだという感じでもないので、元から小さかったのだろう。


「……ちんちくりんの婆さん、じゃと? かっかっかっかっ」


 急に笑い出す婆さん。

 だが目がまったく笑っていない。

 先ほどの優男が真っ青な顔で「総領のコンプレックスを同時に二つも……」と呻く。


「誰がちんちくりんの婆さんじゃぁっ、このクソガキがぁっ!! どこからどう見てもナイスバディの美魔女じゃろうがぁっ!!」

「っ!」


 突然、信じがたいほどの大音量で怒鳴ってくる。

 と同時に俺を拘束している糸が強く締まり、肉がぷつりと切れて血が溢れ出してきた。

 加護による修復が起こるが、糸が締まったままなので再び肉が切れてしまう。


 てか、美魔女ってなんだ?


「わしは今、お主の生殺与奪を握っておる。言葉には気を付けるのじゃぞ?」


 婆さんが凄い殺気を放って脅してくる。


 ふむ、さすがこの都市の支配者というだけのことはあるな。

 この謎の糸も婆さんが操っているのだろう。

 よく見ると婆さんから流れる魔力が糸を伝っているのが見える。


 力任せに引き千切るわけにはいかない。

 ならば――


 ズバズバズバズバズバズバッ!


 糸を斬った。


 といっても、剣を振ってはいない。

 俺ぐらいになると、剣を振らなくても斬撃を放てるからだ。


 糸から解放され、地面に着地する。

 婆さんが皺だらけの口を「は?」の形に開いていた。


「お、お主、いま何をしたのじゃ? まさか魔法か?」

「いや、斬っただけだ」

「斬った? どういうことじゃ?」

「剣を使わずに斬撃を放ったということだ」

「……」


 婆さんは探るような目を向けてくる。

 本当か嘘かを見抜こうとしているのだろうが、俺は嘘なんて吐いてないぞ。


「フン……さすがはあやつの兄じゃの。聞いていた通りじゃ」

「っ、婆さん、ミラを――」

「わしのことは姐さんと呼ばんかいっ!!!」

「……姐さん、ミラを知っているんだな? 今はどこにいる?」


 俺は仕方なく婆さんを姐さんと呼び、ミラのことを尋ねる。

 てっきり総領は男だと思っていたので、ミラの貞操を危ぶんでいたのだが、婆さんとなれば少々状況は変わってくる。

 今の口ぶりからも、何となく酷い扱いをされているわけではない気がした。


「生憎、ただでは教えられんのう。そうじゃな……今から鬼ごっこをするとしよう」

「鬼ごっこ?」

「ルールは簡単。逃げるわしをお主が捕まえられればお主の勝ち。妹の居場所を教えてやろう」

「そんなんでいいのか?」

「かっかっか、わしを舐めたら痛い目に遭うぞ? ではスタートじゃ」


 瞬間、俺は地面を蹴って一気に婆さんとの距離を詰めた。

 婆さんは反応できていない。

 重心の位置から言って、今から逃げようとしても無駄だ。


「捕まえた」

「残念」

「っ!?」


 捕まえたと思ったら、突然、婆さんの姿が掻き消えた。


「こっちじゃよ、こっち」

「いつの間に?」


 そして三十メートル先に婆さんの姿が。

 まさかさっきまでここにいたのは残像?


 いや、確かに触ったときに感触があった。

 残像には実体がない。


 だが三十メートル先にいる婆さんも本物にしか見えない。

 一瞬で移動するにしても、俺の腕をすり抜けるのは不可能なはず。

 一体どういうことだ?


 俺が困惑していると、背後から婆さんの声がした。


「こっちにもおるぞ?」

「っ!?」


 振り返るとそこにも婆さんが。


「二人いる、だと?」

「いやいや、こっちにもおるがのう?」

「三人?」

「どこを見ておるんじゃ。ここにもおるわい」

「四人? いや、五人、六人……」


 婆さんがどんどん増えていく。

 しかもそのどれもが本物にしか見えなかった。


「これぞわしの持つ究極のスキル――〈分身〉じゃ」

「〈分身〉?」

「〈残像〉とは違う。これは消えることのない確かな肉体を出現させることができるのじゃ。しかも本体のわしと完全に同じ外見と能力を持っておる」


 つまり、すべてが本物と同一。

 見分けることも不可能。


「ついでに言うと、同時に十体くらいまで作り出すことが可能じゃ」

「……それ、どうやって捕まえるんだ?」


 さすがの俺も途方に暮れそうになってしまった。

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