第29話 それは絶対にダメな気がする

 俺は急いで実家に帰ってきた。


 夜通し空を飛び、すでに朝になっている。

 疲れ切っているが、しかしそれ以上に不安が俺を突き動かした。


「ライナ!」


 扉を蹴り飛ばす勢いで開けて玄関に飛び込む。

 そして居間へと駆け込んだ。


「無事かっ―――――――む?」


 そこでは父さんと母さんがのんびりと食事をしていた。

 いつもの平和な朝の光景だ。


「アレルちゃん?」

「帰ってきたのか」


 だがライナの姿はない。


「ら、ライナはどこだ?」

「ライナちゃんなら――」


 と、そのときライナが欠伸混じりに居間へと入ってくる。


「ライナ! 無事だったのか!?」

「あ、アレル?」


 俺は彼女の傍に駆け寄ると、その勢いのまま抱き締めようとして、あることに気づいた。

 ライナが赤ん坊を抱えていたのだ。

 それも二人。

 まだ寝起きのようで眠そうにしている。


「ええと……どこの子だ?」

「貴様の子供に決まっているだろう」

「え?」


 呆れ顔で言われたその言葉に、俺は絶句した。

 俺の子供だと……?


「つまり、俺とライナの子供……?」

「当然だ。他人の子を抱いているわけないだろう。ちなみに双子だ。男の子と女の子だな」


 よく見てみると、二人ともライナと同じ赤い髪をしていた。

 男の子は小さい頃の俺によく似ている。

 女の子はライナにそっくりだ。


 ミラを追いかけて町を出たのが半年前のこと。

 一般的に、子供は妊娠から五か月ほどで生まれてくるとされていた。


「まったく、出産にすら立ち会わないなんて、父親失格だな」


 咎めるように言いながらも、ライナはどこか嬉しそうに笑っていた。


 女の子の方はまだウトウトとしているが、男の子の方は目が覚めてきたようで、不思議そうな顔で俺を見てくる。


「この人がお前のお父さんだぞ」


 そう教えてあげながら、ライナが男の子の方を俺に渡そうとしてくる。


「抱いていいのか?」

「父親なのだからいいに決まっている。でも優しくするんだぞ」

「あ、ああ」


 俺は恐る恐る赤子を受け取った。

 壊れそうなほど小さくて、軽い。


 見知らぬ男にいきなり抱かれたというのに泣く気配もない。

 俺が父親だと理解しているのだろうか?


「う~」


 しかし突然、顔を顰めた。

 俺から逃れたいのか、母親の方へと腕を伸ばしている。


 嫌がっているようだ。

 初めてだから仕方ないのかもしれないが、ちょっとショックだ。


 だがそこでライナが眉間に皺を寄せながら俺の方へ鼻を近づけてきて、


「貴様、ちょっと臭いぞ。抱かせる前に風呂に入らせておくべきだったな」


 どうやら男の子が嫌がったのは俺の身体が臭かったせいらしい。

 確かに自分で嗅いでみても汗臭い。


 ライナに双子を返して、俺は風呂に入ることにした。


「しかし一体何だったんだ、さっきの慌てようは?」

「いや、無事だったのならいい。って、そうだ。ミラは?」

「ミラならまだ自分の部屋で寝ていると思うが」

「帰ってきているんだな?」

「ああ。一昨日だったか? 朝、いつの間にか家にいたんだ」


 俺は胸を撫でおろした。


 あの婆さん、俺を騙しやがったな。

 いや、ミラが実家に帰ったという情報までは正しかったのだが。


 ただ教えるだけでは癪だと思ったのかもしれない。

 まったく、食えない婆さんだ。







 風呂から上がってくると、女の子の方がすっかり目を覚ましていた。

 ライナが抱きながら「お父さんだぞ」と言うが、きょとんとしていた。


 ……かわいい。


 男の子も可愛いが、女の子はもっと可愛いな。

 ライナに似ているからというのもあるだろう。


 ちゃんと風呂に入ってきて綺麗になったし、臭くないはずだ。

 俺は女の子を抱かせてもらおうとした。


「うあぁぁぁ~」


 だが俺の方に渡されそうになった途端、女の子は大きな声で泣き出した。

 母親にしがみつく。


「がーん」


 俺はさっきよりずっと大きなショックを受けた。

 今は変な臭いもしない。

 つまり純粋に拒否されたというわけだ。


 落ち込む俺とは対照的に、ライナはくすくすと笑って、


「そんなに気にするな。この子の方はちょっと人見知りなんだ。そのうち慣れれば抱かせてもらえる。よーしよし、大丈夫だぞ。怖いおじちゃんじゃないからなー」

「あぐあぐ」


 父さんが横からやってきて、自慢げに言った。


「はっはっは、アレルは父親なのに嫌われているな。父さんはちゃんと抱かせてもらえるぞ。ほーら、じーじのところにおいでー」


 気持ち悪いほどの笑みを浮かべ、父さんが孫に腕を伸ばす。


「や!」


 あっさり拒絶された。


「がぁん……なぜだ……昨日は抱かせてくれたのに……」


 その場に崩れ落ちる父さん。ざまぁみろ。


「タイミングが悪いんですよ、お父さん。今はママがいいんです。え? ばーばなら構わないって? あらあら」


 母さんがいつになく嬉しそうな顔をして孫娘を受け取る。

 三人の子供を産み育てただけあって、子供の扱いには慣れているのだろう。


「ばー」

「はいはい、ばーばですよー」


 女の子は完全に懐いているようだった。


「そういえば、男の子の方は?」

「ミラと一緒にお庭にいますよ。あの子、なぜかお外が好きなんです」


 母さんが教えてくれる。

 窓から見てみると、庭に置いてあるベンチに座ったミラが、男の子を抱きかかえているのが見えた。

 そしてどこか愛おしそうに男の子の頭を撫でている。


「とりあえずミラも元気そうだな」


 結局なぜ家を出たのか分からないままだが、無事に帰ってきたのだし良しとするか。


 その後、双子の名前を決めることになった。

 どうやら俺が帰ってきてからにしようということになっていたらしい。


「ふむ、それならキキとララはどうだ?」

「なぜか分からないがそれは絶対にダメな気がする……」

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