第40話 奥さんが常識人でよかった

 アークとレイラが市街地のフィールドで魔法を打ち合っている。


「これでもくらえ! ファイアランス!」

「アイスシールド」

「これでどーだ! サンドストーム!」

「エクスプロージョン」


 激しい魔法の応酬。

 しかし二人の魔法を浴びても、建物が無傷とは言わないものの多少の被害で済んでいるところを見るに、恐らく特殊な建材で作られているのだろう。


「し、師匠……」

「ああ、すまないな。うちの子たちが勝手に」

「いえ、それは良いんですが……どう見てもまだ十歳になってないですよね?」

「八歳だな」

「何で普通に魔法を使ってるんですか?」

「ていうか、普通ってレベルの魔法じゃないし!」


 と、そこであるアイデアが頭に降ってきた。


「そうだ。せっかくだし、あの二人を相手に模擬戦をやってくれないか?」


 ちょうど良いタイミングでカイトたちの生徒がやってきた。

 複数の魔術師を相手にした模擬戦は、今まで一度も経験させていない。


「え? 何なの、あの子たち……?」

「どう見ても子供よね……? 何であんな強力な魔法を連発してるの?」

「あれと模擬戦? いやいやいや無理」

「殺されるでしょ……」


 しかし残念ながら、生徒たちは怯えたような顔をして必死に頭を左右に振った。


「師匠……申し訳ないですが、模擬戦はちょっと……」

「子供だからって心配しなくてもいいぞ? あの二人は俺がしっかり鍛えているし、そう簡単には死なないはずだ」

「「「死にそうなのは私たちの方なんですけど!」」」


 なぜか生徒たちが口をそろえて訴えてきた。

 俺は思わず笑ってしまう。


「ははは、まさか。相手は子供だぞ?」

「「「どう見ても子供のレベルじゃないんですけど!」」」


 ライナが俺の頭をこついてくる。


「おい、あまり無理を言うな。困っているだろう。それと貴様は改めて常識というものを学ぶべきだ」


 うーむ、なんだか腑に落ちないが、そこまで言うなら仕方がない。


「師匠の奥さんが常識人でよかった……」

「そうね……」


 カイトとクーファが安心したように息を吐いていた。







 一通り学院内を見学し、日も暮れてきた。

 そろそろ宿を探さなければと考えていると、


「それならぜひ僕の家に泊まっていってください」


 そうカイトが勧めてきたので、お言葉に甘えることにした。

 カイトの家は赤の学院から歩いて十分ほどの住宅街にあった。


「へぇ、立派な家だな」


 島にある都市なので土地が限られていることもあり、魔法都市の住宅はあまり大きくない。

 そのため集合住宅も多いのだが、カイトの家は庭つきの一軒家だった。

 まぁ魔法学院の教師は高給なので、裕福なのだろう。


「今は妻と二人で暮らしてます」

「結婚してるのか」

「はい。一年前に」


 まだ新婚と言ってもいいぐらいだ。


「お邪魔していいのか?」

「ええ、構いません。妻にも伝えてますので」


 会ってからずっと一緒にいたのだが、いつの間に伝えたのだろうか?


「ただいま」

「おかえり」


 家に上がると、奥から学校で別れたクーファが姿を見せた。

 カイトが少し恥ずかしそうに教えてくれる。


「ええと、妻のクーファです」

「え?」

「結婚したのよ。カイトがどうしてもっていうから、仕方なくね」


 ふむ、当時は喧嘩ばかりしている印象があったのだが、まさか結婚することになるとはな。


「そんなこと言って、本当はクーファちゃん、故郷の村にいる頃からカイトくんの好きだったくせに!」

「ちょっ、コレット! だから違うって言ってるでしょ!」

「はいはい」


 さらに家の奥からひょっこり顔を出したのは、見た目も当時とあんまり変わっていない三人組の最後の一人だった。


「アレルさん! お久しぶりです!」


 どうやらクーファから俺が来ていることを聞いて、わざわざ駆けつけたらしい。

 現在は黄の学院で補助教員をやっているそうだ。


「むしろ補助が必要な方じゃないのか?」

「ひ、酷いですぅっ! 確かにしょっちゅう備品を壊しちゃって怒られてますけど……」


 中身も変わってないようだった。


 十年ぶりの再会ということもあって、食事をしながらの話に花が咲いた。

 まぁ俺は適当にこの都市を出てからのことをしゃべっていただけだがな。


「神話級の魔物を従魔に……」

「相変わらず意味分からないわね……」

「さすがです、師匠!」


 それはそうと、三人と話をしていて俺はあることに気づいた。


「三人ともその首の痣みたいなのは何だ?」

「え? あ、ほんとですね」

「私にもあるわ」

「あたしもです」


 首の付け根のあたりに、野犬にでも噛まれたような痕がついていたのだ。

 しかも三人ともだ。


「普通は加護で治るはずなんだがな」

「そうですよね」

「ていうか、こんなのよく気づいたわね」

「言われるまでまったく分かりませんでした」


 なんだか少し奇妙な現象だが、まぁ考えても分からないだろう。


「むにゃむにゃ……」


 お腹がいっぱいになったからか、レイラは今にも寝そうになっている。

 アークも欠伸を噛み殺していた。


「はは、二人とも疲れているみたいでね。では、部屋を案内しますんで」

「じゃあ、あたしはそろそろ帰ります」

「あら、コレット、もう帰っちゃうの?」

「明日、朝一で教授に頼まれてる仕事があるんですよ……あの教授、ほんと人使いが荒いんですけどどうやったら殺せますかね……ふふふ……」

「そ、そう」


 前言撤回。コレットは少し病んでしまったようだ。


 こうして今日はカイトとクーファの家で休むことになったのだが――


 異変が起こったのはその真夜中のことだった。

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