第12話 やはり女皇はあんただったか

「まだか! まだアレルは連れて来れないのか!」


 豪華絢爛な部屋の奥。

 金銀宝石が散りばめられた玉座の上に乗っかり、大声で喚く人物がいた。


 玉座が大きいせいもあるが、身長140センチにも届かない小柄さのせいで、腕白な女の子が遊んでいるようにも見えてしまう。


 だが何を隠そう、彼女こそが今この大陸でもっとも勢力を拡大させつつある新興国家――〝皇国〟の建国者にして頂点。

 女皇その人だった。


「も、申し訳ございませんっ。なにせ同行を拒んでいるようでして……」

「だったら無理やりにでも連れて来るのだっ!」

「もちろんすでにそうしております……! で、ですが、皇国八将軍のうち三将軍が手を尽くしているにもかかわらず、どういうわけか悉く失敗に終わっているとのことで……」

「言い訳はいい! 三将軍でダメなら、全員を向かわせればよいのだ!」

「し、しかし、それでは城が手薄に……」

「そんな心配は必要ない! あたしがいればどうとでもなるのだ!」

「は、はいっ……」


 まさに怒髪天を突くといった様子の女皇を前に、臣下たちは戦々恐々である。


 と、そのときだった。


「た、大変です!」


 玉座の間に慌てて駆け込んでくる兵士が一人。


「アレルと名乗る青年が城に……!」


 その名を聞いて、女皇は玉座の上でぴょんと飛び跳ねた。


「ようやく来たか!」


 先ほどまでの怒りが嘘のように退いて、子供のように目が輝く。


「で、ですが、どういうわけか単身で、しかも無理やり城内に押し入り――」


 ドオオオンッ!


 兵士が最後まで言い切る前に、凄まじい轟音とともに扉が開け放たれていた。

 そしてその扉の向こうにいたのは、まさしく女皇が待ち望んでいた人物で。


「アレルぅぅぅっ! 会いたかったのだぁぁぁっ!」


 一目散に駆け寄っていく女皇。

 しかし次の瞬間、彼女の顔面に足裏が叩き込まれていた。


「ぐべぇっ!?」

「「「陛下ぁぁぁぁぁぁっ!?」」」


 臣下たちが絶叫する。

 ぐるぐるぐると絨毯の上を転がっていく女皇を冷めた目で見つめながら、青年は呆れたように息を吐いた。


「やはり女皇はあんただったか――――姉さん」




    ◇ ◇ ◇




 ちんちくりんの身体には不釣り合いな豪奢な衣服を着た姉さんが、俺の足蹴りを受けてごろごろと転げていく。


「ぶへっ」


 最後に玉座に頭をぶつけ、蛙が潰れたような声で鳴いた。


「「「陛下っ!?」」」


 配下らしき連中が慌てて駆け寄っていく中、姉さんはむくりと起き上って、


「な、何をするのだ、アレル!? 久しぶりの再会だというのに、いきなりお姉ちゃんを蹴り飛ばすなんて!」


 涙目で訴えてくる。


「そんなことより、よく分からん連中を次々と寄こしたのは姉さんだな?」

「お姉ちゃんを蹴り飛ばしたのを〝そんなこと〟!?」


 顔を蹴られたくらいで喚かないでもらいたい。

 なにせ俺を追いかけ回していた連中の元凶なのだ。


 しかし、数年前に実家を出ていった姉さんだが、まさかこんなことをしていたとは。


「ふふふ! 凄いだろう! お姉ちゃんは今やこの国の王様なのだ!」


 姉さんはドヤ顔でない胸を張る。

 相変わらずの真っ平らっぷりだ。

 身長もまるで伸びてないし、やはり成長しなかったらしい。


「へ、陛下、お待ちください……姉さん、ということは、その……」


 そこへ配下の割り込み、恐る恐る問う。


「そちらのお方は、もしかして陛下の弟君で……?」


 姉さんは一瞬きょとんとして、


「む? そういえば言っていなかったか?」


 その場にいた連中が一斉に叫んだ。


「「「聞いてませんよ!?」」」


 彼らはだらだらと額から汗を垂らして、「や、やばい……まさか陛下の弟君だとは知らず、無理やり拉致ろうとしてた……」「先に言っておいてくださいよ……」などと戦慄している。


「そんなことよりアレル! 一から国を作ってここまで大きくするのにお姉ちゃん、すっごく苦労したのだぞ! 十年近くもかかってしまったのだ!」


 むしろ建国からここまで勢力を拡大するなど、十年では到底不可能なことだ。

 姉さんの職業が【最上級職】の《女皇》だからこそできた芸当だろう。


 考えてみれば、女皇=姉さんだともっと早くに気付いてもおかしくなかった。

 しかし女皇陛下などと呼ばれ敬われているところが、姉さんのイメージとあまりにもかけ離れていたため、なかなか両者を結びつけることができなかったのだ。


「お前のために頑張ったんだぞ! なのに母ちゃんたちったら、お前がどこにいるのか教えてくれなかったのだ! だから方々を探し回っていたのだぞ!」


 姉さんは鼻息を荒くしながら言う。


「でもこれでようやく約束が果たせるのだ!」

「約束?」

「言っただろう!? お姉ちゃんが必ず、アレルが何不自由なく暮らしていける世界を作ってやるからって!」


 そういえばそんなことをのたまっていたな。


「この国はどんな職業であれ、決して差別することはないのだ! それどころか、ありとあらゆる面で平等に扱われる! 貧富の差もない! 財産の差もない! 能力のある者もない者も、皆が等しく生きることができる素晴らしい国なのだ!」


 たとえ働かなくても、衣食住のすべてが保障されるらしい。

 逆にどんなに働いて素晴らしい成果を上げたとしても、他の人と収入は同じらしい。


「……そんなことをしたら誰も何もしなくなるのでは?」

「心配は要らないのだ! 《女皇》であるお姉ちゃんの〈天命〉スキルを使えば、物理的な報酬なんてなくても、あたしのために必死に仕事をしてくれるからな!」


 なるほど、確かにあの皇国八将軍なる連中も俺を捕まえようと必死だったな。

 給料は一般兵と同じらしいのに。


「アレル! ここはお前にとって理想郷なのだ! だからこれからお姉ちゃんと一緒にずっとずっとここで暮らそう!」


 姉さんは自信満々に誘ってくる。

 俺はきっぱりと言った。


「嫌だ」

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