第40話 そんなに悲壮にならなくても大丈夫だと思うよ

「ホーリーレイン!」

「「「オアアアアアアアアッ!?」」」


 レイラが発動した白魔法が、広範囲に及ぶ浄化の雨を降らせた。

 それを浴びた魔物たちが一斉に苦しみ始める。


 効果範囲を広げたこともあり、さすがに動きを止めるには至らない。

 それでも勢いが鈍った今がチャンスとばかりに、みんな一気に攻勢に転じた。


「〝神空斬り〟」


 もちろん僕もそれに加わる。


「おいっ! そんなところで空振りしてんじゃねぇよ!」


 武術科の三年生、バンナさんに怒鳴られてしまった。

 いや、空振りしたわけじゃないんだけど。


 次の瞬間、不可視の斬撃が前方にいた魔物たちを悉く両断する。


「……は?」


 バンナさんがぽかんと口を開けた。


「お、お前、今、何しやがったんだ……?」

「え? 普通に斬っただけですけど」

「どこが普通だ!?」


 今はバンナさんと言い合っている暇はない。

 森の奥からはまだまだ大量の魔物が押し寄せてきているし、場所によっては苦戦しているところもある。


 素早く移動し、加勢する。


「だ、ダメだ……っ!」

「持ちこたえられないっ……」

「〝神空斬り〟」

「「え?」」


「はぁ、はぁ……もう限界だっ……」

「辛抱しろ! でなけりゃ死ぬぞ!」

「〝神空斬り〟」

「「っ!?」」


「があああっ!」

「だ、大丈夫かっ!? くそっ……」

「〝神空斬り〟」

「「なっ……」」


 よし、これでとりあえず劣勢になっていた場所も少しは持ちなおせるだろう。


「今の、あの一年生がやったのか……?」

「そうよ! どうっ?  これがアークくんなのよ! 私は間違ってなかったでしょ!」


 なぜかメレナさんが我がことのように喜んでいるけど、まだ魔物は途切れていない。

 ただ、かなり勢いは弱まってきている。


「もうひと踏ん張りだ!」


 ディアスさんが力強く叱咤し、皆がそれに応えるように勢いよく魔物を倒していく。

 やがてどうにか魔物の波が途切れ始めてきた。


「い、一体、何が起こっているんだ……?」

「まさか、また魔王軍が……?」


 みんな焦燥と疲労を隠せない。

 四年前の恐怖を思い出している人も多いのだろう。


「レイラ、どう?」

「こっち側にはいなさそう!」

「西は外れか。東にもいなさそうだから、あとは北だけだ」


 僕たちは先ほどから戦闘と並行してこの状況の元凶を探っていた。

 これだけのアンデッドが自然発生する可能性は限りなく低く、どこかにこれを引き起こしている死霊術師がいるはずだと考え、魔力の流れを二人で協力して探知している。


 南は僕たちが来た方角であり、森の外に出てしまう。

 すでに東と西を潰した今、可能性があるのは北側だけだ。


「っ! 何か北から近づいてくる!」


 北を探っていると、これまでにない強大な気配を発見した。

 かなりの速度でこっちに向かってきている。


 メキメキメキメキメキメキッ!

 ズンッ、ズンッ、ズンッ、ズンッ!


 やがて聞こえてきたのは、木々を薙ぎ倒す轟音と、大地を震わせる足跡だ。


「お、おい何だ、この音は!?」

「まだ何かあるのかよっ!?」


 そして、ついにその正体が明らかになる。


「「「なっ……」」」


 上空を見上げ、皆が絶句する。

 そこにいたのは周囲の木々よりもさらに高い、巨大な魔物だったのだ。


 形状は人型。

 だけど大きさはまるで違う。

 恐らく五、六階建てのビルに匹敵するだろう。


「きょ、巨人……っ!?」

「さ、サイクロプスか……っ!?」

「サイクロプスはあんなに大きくないだろう!?」

「じゃあ、まさか……アトラス!?」


 サイクロプスの上位種であるアトラスが、まるで雑草でも掻き分けるかのように、木を軽々と薙ぎ倒しながらこちらへ近づいてくる。


 愕然とするみんなへ、レイラがさらに厳しい事実を突きつけた。


「ただのアトラスじゃないよー? あいつもたぶんアンデッド」

「な、何だって!?」

「お、終わりだ……」

「ただでさえ、あんな魔物、倒せるわけがねぇのに……」

「アンデッドだなんて……」


 何人かがへなへなと力を失ったようにその場に座り込む。

 今まで周囲を引っ張っていたディアスさんですら、呆然としてその場に立ち竦んでいる。


 そんな中、声を張り上げたのはセレスティアさんだ。


「ま、まだ終わっていませんっ! 最後まで諦めずに戦うのですっ! 四年前の戦いのとき、絶望的な状況に置かれながらも、我が国の戦士たちは決して絶望することなく、最後の最後まで戦い抜きました……っ!」


 だけどよく見たら足が震えていた。

 きっと彼女自身、今にも恐怖で逃げ出したいのだろう。

 それでも王女としての矜持で、懸命に仲間を奮い立たせようとしているのだ。


「殿下……」

「そ、そうだ……戦う前から諦めるなんて……」

「や、やってやろうじゃねぇか!」


 セレスティアさんの想いが伝わったのか、みんなが闘志を取り戻していく。


 さらにセレスティアさんは僕たちの方を見て、


「レイラさんっ! それに……アークさんっ! あなた方が頼りです! どうかっ、どうか力をお貸しいただけますかっ?」


 そう必死に懇願してくる。


 他ならぬセレスティアさんのお願いだ。

 もちろん期待に応えるつもりだ。


 だけど……。

 僕はレイラと顔を見合わせた。


「そんなに強敵かなー? ベフィに比べたらちっさいよ?」

「うん、まぁ、アンデッド化してるからちょっと面倒なくらいかな?」


 なんか、死を覚悟で戦い抜こう、みたいな感じになってるけど……そんなに悲壮にならなくても大丈夫だと思うよ?

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