第8話 なかなか薄情な連中だ
硬い皮膚と力強い筋肉を持つオークは、攻撃力と防御力の両方に秀でた魔物だ。
一方で動きは比較的鈍重で、また知能も低いため、上手く立ち回りさえすればそれほど強敵ではない。
ただしそれは相手の数が少なければの話だ。
「おいおい、二十体以上もいるじゃねぇか!?」
「しかもあの奥にいる奴……まさか、キングオーク……っ!?」
赤茶けた肌をしている通常のオークと違い、鉛色の肌のオークの姿が確認できた。
キングオークはオークの上位個体だ。
並のオークを遥かに越す巨体で、パワーも桁違い。
オークを統率して群れを形成し、村や町を襲うこともあるため、出現すればすぐにでも大規模な討伐隊が結成される。
「オオオオオオオオッ!!」
そのキングオークが咆哮を上げるや、オークたちがこちらへ一斉に押し寄せてきた。
辺りに地響きが轟く。
「ひぃぃぃっ! け、剣士様っ……お助け下さいっ!」
乗客が《剣闘士》の男に縋りつく。
男はそれを振り払った。
「じょ、冗談じゃねぇぞ! あんな数のオークを引き連れたキングオークなんかと戦えるか!」
馬車から飛び降りると、他の乗客を置いて一人逃げていった。
「あたしも御免よ! 赤の他人のために命張るなんてお断りだわ!」
さらに《双剣士》の女もあっさり見捨てて去っていく。
「ふむ。なかなか薄情な連中だ」
俺は馬車から飛び降りた。
迫りくるオークの群れの方へと歩を進める。
「ちょっ、お客さん! 《無職》のお客さんがどうにかできる相手じゃないですよ!」
そんな御者の声を背中で聞きながら、俺は地面を蹴った。
先頭を走っていたオークとの距離が一瞬で詰まる。
「ブヒッ!?」
俺の剣がオークの脳天をかち割り、巨体が崩れ落ちる。
「な!? なんだ、今の速さは……っ!?」
「まさか……〈縮地〉スキル!?」
ほう。たった一回見ただけで看破するとは。
もっとも〈縮地〉スキルではなく、それを再現した〝縮地〟だが。
いきなり仲間の一人がやられ、オークたちが動揺する。
だがすぐに怒りでそれを塗り潰し、雄叫びを上げて躍りかかってきた。
あっという間に呑み込まれてしまう。
手にした原始的な斧や棒などを振り回し、攻撃してくるオークたち。
しかし、それが俺に届くことはない。
「踊っている……?」
「本当だ! あの少年、踊りながら敵の攻撃を躱しているのか!?」
「いや、それだけじゃない! よく見ろ! オークが次々と倒れていくぞ……っ!」
さながら蝶が舞うように、隙間を縫いながらあらゆる攻撃を回避していく。
同時に剣を振るってオークを斬り伏せる。
「〈剣舞〉っ……あれは〈剣舞〉ですよっ! 【最上級職】の《剣姫》だけが使えるという攻防一体のスキル……! ですが、なぜ男である彼が……っ?」
御者の親父、よく知っているな。
もちろんこれもスキルではなく、自力で習得した〝剣舞〟だが。
気づけばあれだけいたオークが全滅していた。
いや、傷が浅かったのか、まだ辛うじて生きているのが背後から俺に襲いかかろうとしているな。
「ブホッ……」
振り返らずに剣を振り、トドメを刺した。
「〈気配察知〉スキルまで……っ!?」
さて、残すはあいつだけだな。
「オオオオオオオオッ!」
配下を全滅させられて随分と怒っているな。
巨大な棍棒を手に迫ってくる。
そして距離が詰まるや、棍棒を大きく振り上げて豪快に叩きつけてきた。
「危ない!?」
轟音とともに地面が大きく抉れて土砂が跳ね上がる。
「オアアアアアアッ!」
キングオークは仕留めたと思ったのか、勝利の雄叫びを上げた。
「残念だが、そんな大振りでは当たらない」
「アッ!?」
俺はキングオークの背後、しかも頭上まで跳躍していた。
剣を頭上に目いっぱい振り上げる。
「渾身の一撃というのはこれくらい確実な状況でやるべきだ」
キングオークの脳天へ剣を思いきり振り下ろした。
頭蓋を破壊し、刃は脳にまで届く。
巨体がずしゃりと倒れ込む。
キングオークは絶命していた。
「「「おおおおおおおおおおおおおっ!!!」」」
途中から逃げることも忘れて俺の戦いを見ていた乗客たちが、一斉に歓喜の声を上げる。
「すげぇ! たった一人でキングオークとあれだけのオークを倒しちまいやがったぞ!」
「なんて少年だ!」
「ははっ、《無職》だなんて、とんだ嘘つき野郎だな!」
嘘ではないんだがな。
まぁいい。
馬車が目的地に向かって再び進み出す。
幸い死者も怪我人も出なかった。
ただし〝剣の都市〟に向かうはずだったあの二人の姿は無い。
俺がオークを倒す前に逃げていってしまったからだ。
「いや、あの程度で逃げ出すような剣士では、どうせあの都市では通用しませんよ」
御者がきっぱりと言う。
「所詮、彼らは【上級職】になっただけで満足してしまうレベルでしょう。【上級職】なんて、あの都市ではあくまでスタート地点なんですがねぇ。大事なのはそこからいかに上を目指すかですよ。死んでももっと強くなってやろう。そういう気概がなければもう先には進めません」
随分と辛らつだな。
だが正論だ。
それから先は魔物に襲われることもなく、幾つかの町や村を経由してやがて巨大な城壁が見えてきた。
「あれが〝剣の都市〟か」
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