第25話 床に穴を開ける気か
中層にやってきた俺は、ここを拠点とする武闘派盗賊団――〝レッドスカーフ〟とやらの構成員たちと戦っていた。
悪人だけあって正攻法ではない攻撃もしてくる。
例えば煙玉。
俺の足元目がけて投げられた拳大の玉が、地面にぶつかるなり激しい煙を吐き出した。
それはあっという間に広がり、俺の視界を奪おうとする。
しかもただの煙ではないらしく、
「ふははっ! そいつは毒入りの煙だ! 少しでも吸い込めば、ものの数秒で全身が麻痺し――」
「何か言ったか?」
「っ!?」
俺はその煙幕を投げた男の後ろにいた。
「煙が広がるより速く動けば、煙に飲まれる心配もないだろう」
「ぐべっ」
軽く殴って気絶させる。
「け、煙の外だ!」
「いつの間に!?」
煙の中に俺がいると思い、毒を吸わないよう口元を布で覆いながら警戒していた連中が、今の殴打音に気づいて一斉にこっちを向く。
と、そのとき俺は足に異変を感じた。
「……何だこれは?」
足を上げようとしたのだが、地面とくっ付いていて離れないのだ。
「かかったな! あらかじめそこに強力な接着剤を撒いておいたのだ! 大型の魔物すら逃れられないほどの接着力だ! これで貴様はもう動けまい!」
俺は全力で引き剥がそうとしてみた。
ボコッ! ボコッ!
「「「~~~~~っ!?」」」
ふむ、確かに凄まじい接着力だな。
床そのものが剥がれてしまったぞ。
「ば、馬鹿な!?」
「なんて脚力だ!?」
少し動きにくいが、まぁ誤差の範囲だな。
俺はそのまま敵陣へと飛び込んでいく。
「ぐべっ!?」
「ぎゃっ!」
「化けも――」
倒れている人間が百人を超えた頃、ようやく応援が打ち止めとなった。
周囲に幾つか隠れている気配があるので、念のため片付けておく。
正直、何をしてくるか分からない連中だからな。
警戒するに越したことはない。
「さて、下層への行き方を教えてもらうとするか」
どうやらそこはかつて処刑場として使われていた場所らしかった。
ちょっとした広場のようになっていて、その中心に磔のための十字架が設置されている。
監獄だった当時は、ここで凶悪犯の身体を魔物に食わせたり、火炙りにしたりと、恐ろしい刑罰が執行されていたという。
「それで下層にはどうやって行くんだ?」
俺をここまで案内してくれた〝レッドスカーフ〟のリーダーに問う。
【上級職】《大盗賊》の男で、蛇のように裂けた口と、右目を縦に貫く深い傷跡が特徴的だ。
「知らねぇよ」
蛇男は吐き捨てるように言った。
「別に教えたくないってわけじゃないぜ。事実だ。オレら中層の人間には、下層へ行き来する手段を教えられてねぇ」
「なるほど。じゃあなぜここに連れてきたんだ?」
「そりゃあ、ここなら中層中の人間が集まっても十分な広さがあるからだ」
またこのパターンか。
本当に息を吐くように嘘を吐くな、この都市の連中は。
広場に続々と集う人間たち。
どうやら〝レッドスカーフ〟以外の組織にまで応援を呼び掛けたようだ。
「ヒャッハーッ! 来てやったぜぇぇぇっ!」
「「「ヒャッハーッ!」」」
「〝怒羅魂(ドラゴン)・武麗苦(ブレイク)〟参上! 夜露死苦(ヨロシク)ゥッ!」
「「「夜露死苦ゥッ!」」」
その中には危ない薬でもやっているのか、モヒカン頭やリーゼント頭で喚き散らすような集団もいた。
なんか知らんが世界が一度終わった後にでも現れそうなヤバい連中だ。
「ヒャッハーッ! ……じゃねぇ、ははははっ!」
釣られたのか、蛇男は笑い方を間違えたらしくわざわざ笑い直してから、
「普段はいがみ合ってるオレたちだが、これ以上、中層で好き放題にされたとなれば、監獄都市の名が廃っちまうからな」
組織の矜持より都市の矜持を優先させたということか。
こいつらすべてを相手するのはさすがに面倒だな。
下層に行くための方法を知らない――本当ならの話だが――ようだし、倒したところで聞き出せなければ何の意味もない。
「……仕方ない。一応、都市だっていうからあまり破壊はしないようにしてたんだが……」
俺は上半身に力を込めた。
筋肉が膨れ上がり、着ていた上着が弾け飛ぶ。
「「「は?」」」
「せーのっ」
そして地面へ拳を振り下ろした。
ズゴァァァンッ!
爆音とともに周囲に放射状の亀裂が走る。
さらにもう一発。
ズゴァァァンッ!
それから俺は拳を次々と地面へ叩きつけていった。
ズゴズゴズゴズゴズゴズゴズゴズゴズゴズゴズゴァァァンッ!
床が激震し、亀裂がさらに広がり、そして粉塵が舞い上がる。
「「「な、な、な……」」」
広場に集合していた数百人もの人間たちが唖然としていた。
地面の揺れのせいでまともに立っていられず、例外なくその場に倒れ込んでいる。
「ちょ、ちょっと待て!? 何をしている!? 何をする気だ!?」
〝レッドスカーフ〟のリーダーが喘ぐように叫んだ。
「見ての通り、下層へ行くつもりだ」
「ゆ、床に穴を開ける気か!? 馬鹿な! そんなことできるわけがない! って、か、か、身体が沈んでいく!?」
地面が陥没し、すでに外からは俺の頭しか見えないくらいになっていた。
やがて殴りつけたときの音が変わったかと思うと、ついに穴が開いて向こう側へと繋がった。
さらにその穴を広げて、一人一人が通り抜けられる大きさにする。
「じゃあ、そういうことで」
呆然としている中層の住人たちに軽く手を振って、俺は穴へと飛び込んだ。
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