第22話 どうやら満点のようだ

 進級試験では、筆記試験と実技試験の二つが行われるという。

 それぞれ百点満点で、合計二百点。

 このうち百六十点以上を取れば合格らしい。


 まずは筆記試験の方から実施された。


「では試験開始」


 試験官の合図で、俺はまずさっと全体に目を通してみる。

 ふむ……ファーストグレードの二年生で習う範囲も試験範囲だと聞いてはいたが……大したことないようだ。


 試験時間は一時間。

 だがこれくらいの内容なら、十分もあればすべて解けてしまえそうだ。

 場合によっては全人格を総動員させるつもりだったが、主人格だけで問題ないだろう。


 そうして予想した通り、俺は十分ほどで解答欄をすべて埋めてしまった。

 見直しは……必要ないな。

 さすがにこのレベルの問題で、間違っているなんてことはないだろう。


 暇になったので、俺はイメージトレーニングをすることにした。

 頭の中で、二つの人格同士を戦わせるのだ。

 それぞれ別の魔法を使わせるのも良い訓練になるし、片方を剣にするのも面白い。

 イメージの世界なので、魔物になることもできた。


 ちなみにすぐ隣では、まだ必死に問題を睨んでいる奴がいる。

 自ら進級試験を受けたいと言い出したロイス少年だった。


 バッカスは少し悩んだようだったが、「……今のうちに挫折を味あわせておくのもためになるか……」と呟いて、彼の受験を承認したのだった。


「……くっ、なんだこの問題は……」


 かなり苦戦しているようである。




 やがて試験が終わり、すぐに採点が行われた。

 二人だけなので、バッカスは三十分ほどで採点を終わらせて、


「では答案用紙を返却する。まずロイス」


 受け取ったロイスは、悔しげに顔を歪めた。


「六十二点……」

「そう悲観する必要はないだろう。一年生の今の時点でそこまでの点数を取れるなら十分だ。本来は二年生の終わりに挑む試験だからな」


 バッカスがそう言って慰める。


「それにまだ合格の可能性はある。実技で百点を取ればいい」


 合格ラインは百六十点なので、実技が百点なら百六十二点となって、確かに合格だ。

 彼の場合、どちらかと言えば実技の方が得意な気がするし、まぁ実技試験の内容次第というところか。


「続いてアレル。……ある程度の予想はしていたが、まさかここまでとは……」


 答案用紙を受け取ると、すべての問題に〇が付いていた。

 どうやら満点のようだ。


「簡単だったからな」

「中にはセカンドグレードの生徒でも難しい問題もあったはずだが……」


 俺の点数を見て、ロイスがますます悔しそうな顔になって、


「だ、だがこれで僕に勝ったと思うなよ!」

「そもそも勝負をしていたつもりはないのだが?」

「っ……そ、そうやって余裕ぶっているのも今の内だからな! 実技なら負けない!」

「それならすでに試験のときに決着がついただろう?」

「あ、あれは何かの間違いだ! 僕は将来、《魔導王》になる男なんだ! こんなところで負けるはずがない!」


 ……面倒な奴だな。

 だが、確かに自尊が強すぎるきらいはあるものの、その負けず嫌い精神はとても大切なものだ。

 俺をライバル視するというなら好きにすればいいだろう。


 それから実技試験へと移行した。

 俺とロイスは訓練場へと連れて行かれたのだが、


「変わった形状をしているな。二百メートル走でもするのか?」


 細長い長方形の空間だ。

 それが横にいくつか並んでいる。


 各々が四方を分厚い壁に取り囲まれていて、というより、半地下状にくり抜かれていると言った方がいいだろう。

 ただし、片側の壁だけは、鉄格子のようなものが嵌められて檻のようになっていた。


「どちらから挑戦する?」

「ぼ、僕から行こう!」


 ロイスが自ら先行を希望した。

 梯子がかけられていて、そこから下に降りる。


「では実技試験を開始する」


 直後、檻の鉄格子が開いた。

 その奥から姿を現したのは、


「み、ミノタウロス!?」


 牛頭の魔物、ミノタウロスだ。

 餓えているのか、ロイスを発見するや否や、前傾姿勢になって走り出した。


 なるほど。

 こういう試験なのか。


「ロイス、奴が来るまでに魔法で倒せ。できるか?」

「ととと、当然だっ!」

「ちなみに倒せなければ、ミノタウロスの突進を受けることになる」

「なっ……。い、いや、倒せばいいんだろう、倒せば! い、一撃で燃やし尽くしてやるっ! イラプション!」


 ロイスが発動したのは入学試験でも使った魔法だ。

 だがその炎はそのときのような派手さはないものの、その分、エネルギーが凝集され、より殺傷力の高まった一撃となっていた。


 あのとき俺がやったように、術式をイジったのだろう。

 術式を学んだことの成果だ。


 しかし残念ながら、火炎が上がったのはミノタウロスの背後だった。


「なにっ!?」


 まぁ今回は相手が動いているからな。


 イラプションは位置座標を定め、その場所に噴火するような炎を発生させる魔法だ。

 入学試験のときは動かない的だったら有効だが、的が絶えず移動している場合には、タイミングを合わせるのが難しい。


 しかもそこに迫りくる魔物のプレッシャーが加わる。


「い、イラプション! イラプション! イラプション!!」


 慌てたロイスは選定した魔法を愚直に放ち続けたが、すべてミノタウロスの背中に熱風を吹かせただけに終わってしまう。


「ブモオオオオッ!」

「ひいいいっ!?」


 ついにミノタウロスはロイスまで数メートルの距離へと迫り、雄叫びを上げて強烈な突進を見舞おうとする。

 絶体絶命のロイス……と思われたが、突然、ミノタウロスの足元の地面が消失した。


「ブモオオオッ!?」


 どうやら安全策として、落し穴が用意されていたらしい。


 俺は気づいていたけどな。

 地面の様子が他とは違って、明らかに怪しかったし。


 しかし気づいていなかったらしいロイスは、腰が砕けたのかへなへなとよろめき、その場に尻餅をついていた。


 無情にもバッカスが告げる。


「ロイスの実技試験の点数は四十点。合計百二点で、不合格だ」


 倒せなくても点数は入るらしい。

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