第37話 命を救われて感動しているのか?

「ば、馬鹿なァっ!? なぜ魔法の杖で斬れるっ!?」

「言っただろう? 真の剣士は得物を選ばない、と」

「だからって杖はねェだろ、杖はッ! 普通は叩くものだろうがァッ!?」

「ちなみに手や足でも斬ることができるぞ?」

「だったらもう杖自体が要らなくねェか!?」


 確かに言われてみればそうだな。

 僅かに攻撃レンジが長くなるという利点はあるが、俺にとっては誤差でしかない。


「そもそもテメェは魔法使いだろうがッ!?」

「その通りだ。だが同時に剣士でもあるぞ」

「そうかッ……テメェは《魔法剣士》なのか……ッ!」

「いいや、ただの《無職》だ」

「は?」


 ……ふむ。

 それにしてもこの悪魔、胴体を真っ二つにされたというのに、よく普通にしゃべっていられるな?

 と、思いきや、


「クハハハハッ! 少々驚かされはしたがよォ、残念だったなァ! オレ様は斬られた程度では死なねェんだよォ!」


 気づけば悪魔は何事も無かったかのように無傷でその場に立っていた。

 耳障りな哄笑を響かせている。


「加護と似た力が働いているのか? あの骸骨の事務員のように」


 とりあえずもう一度、斬ってみることにした。

 次は腹回りを一閃。

 上半身と下半身が分離する……はずだが、


「……ッ! ヒ、ヒャハハハハッ! 見ての通りノーダメージだぜェッ! 無駄なことはやめ――」


 ならばと、今度は頭部を真っ二つにしてみた。


「ちょっ――」


 首を刎ねてみる。


「いい加減っ――」


 両腕両足を切断してみる。


「やめっ――」


 バラバラに刻んでみる。


「……ふむ。悪魔というのはなかなか奇妙な性質をしているようだな」


 俺の前にはやはり無傷の悪魔が立っていた。


 だがどこからどう見ても小さくなっている。


 当初は俺より背が高かったはずなのに、今や俺の腰にも届かないほどだ。

 俺が身体を斬れば斬るほど、徐々に縮んでいってしまったのである。


 どうやらダメージを受けると身体が小さくなるらしい。


「ヒィィィッ! もうやめてくれェッ!」


 さっきまでの威勢はどこへやら、悪魔は悲愴な叫びを上げながら逃げようとする。

 もちろん逃がすつもりはない。


 短い手足をバタバタさせながら逃げる悪魔の背中に追い付き、あっさりと追い抜いた。

 踵を返して立ち塞がると、


「ヒィッ!? さささ、さっきのは冗談だッ! 謝るッ! だから許してくれェッ! いえ、許して下さい!」


 今度は必死に命乞いしてくる。

 いつの間にか声までもが幼くなっているので、その見た目も相まって、まるで子供を苛めているような気分にさせられてしまう。


「お願いですから……お願いですから……」


 潤んだ瞳で懇願してくる悪魔の顔面へ、俺は刺突を見舞った。


「ウギャァ!?」


 ぶっすりと頭部を貫通し、悪魔の身体はさらに小さくなる。


「いやいやいや!? よくこの姿のオレ様を普通に攻撃できるなッ!?」

「縮んだところで悪魔は悪魔だろう」


 相手は俺を生贄にすると宣言していた悪魔だ。

 容赦する気はさらさらなかった。

 それにやたらとあざとかったし、大方、油断させておいて起死回生の一手を狙っていたのだろう。


「せっかくだし、どこまで小さくなるのか試してみるか」

「ギャア!? しょ、消滅しちまうッ!」


 どうやら存在を維持できなくなり、死ぬ――というより、消滅してしまうらしい。


「くそォッ、これじゃもう結界を保てねェッ!」


 全身を包んでいた違和感が消えた。

 俺の魔法を封じていた結界を解かざるを得なかったらしい。


 今や悪魔は俺の掌に乗るほどにまで小さくなっていた。

 妖精くらいの大きさだ。


「うぅ……マジで消えちまうよォ……」

「そんなに嫌なのか?」

「たりめェだろうがッ!」


 怒声を上げたのだろうが、ぴーぴーと小鳥が鳴いているくらいの可愛らしい音量だった。


「だったら見逃してやってもいいぞ」

「ほ、本当か!? いえ、本当ですか!?」

「ああ。その代り……こうだ」


 俺はある術式を組み上げた。

 そして魔法を発動する。


 悪魔の小さな胴体に魔法文字が浮かび上がった。


「へ? ――ピギャアアッ!?」


 文字が強く発光し、悪魔が悲鳴を上げた。


「こ、これはまさかッ!?」


 自らの腹を見下ろし、悪魔は愕然としたように目を見開く。

 そこには焼印のようなものが刻み付けられていた。


「隷属魔法!?」

「そうだ」


 隷属魔法は黒魔法の一つである。

 その名の通り、魔法の契約によって対象を自分に隷属させることができる。

 そして隷属させられた方は、今後一切、主人の命令に従わなければならない。


 奴隷に対してもよく使われるが、相手が人間の場合、あまりに非人道的な行為を制限するために、契約で縛れる範囲が法律によって定められている地域も多い。

 だが相手が悪魔となれば、そうしたことを考慮する必要はなかった。


「ちょうど使い魔が欲しいと思っていたところだった。運が良かったな」

「こ、このオレ様がッ……人間などの使い魔だとォッ!?」


 悪魔はぶるぶると身を震わせている。


「命を救われて感動しているのか?」

「んなわけねェだろッ!? こんな屈辱を味わうくらいなら死んだ方がマシだッ! オレ様はこれでも魔界の上位貴ぞギアアアアアアッ!?」

「ちなみに反抗的な態度を取ると、激痛に襲われるようにしておいたぞ」

「ふっざけんアギャアアアアアアアッ!」


 肉体的な痛みではない。

 悪魔なら幾らでも耐えられるからな。

 なので精神に作用するタイプの激痛にしておいたのだ。


「……よ、よろしくお願いします……ご主人サマ……」


 観念したのか、悪魔は殊勝に頭を下げてきた。


「ああ、よろしく頼むぞ」

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