第38話 ハイ、ご主人サマ
俺が使い魔にした悪魔は、名をマスティマといった。
なので〝マティ″と愛称で呼ぶことにした。
「マティ、トイレが汚くなってきたから掃除を頼む」
「ハイ、ご主人サマ」
「マティ、この服、洗濯しておいてくれ」
「ハイ、ご主人サマ」
「マティ、昼食用にパンを買ってきてくれ」
「ハイ、ご主人サマ」
非常に役に立ってくれていた。
「雑用ばっかじゃねェか!? 悪魔を何だと思ってやがる!? い、いえ、すいません……何も文句はないでス……何なりと、申しつけください……」
彼の姿は未だに小さいままだ。
これは俺があえて力を奪った状態に留めているからである。
大人の悪魔の姿では、黒の学院内であればともかく、外だとちょっとした騒ぎになりかねないしな。
今のサイズなら怖がられることも少なかった。
たぶん妖精か何かと勘違いされているのだろう。
カイト、クーファ、コレットの三人組に見せてみたが、悪魔だとは思わなかったようで、
「これが師匠の使い魔ですか? 随分と弱っちそうっすけど……」
値踏みするようにマティを見ながら、そんなことを言うのはカイトだ。
「クソ餓鬼めッ! 誰に向かって口利いてやが――ギャッ!?」
「その割に偉そうっすね、こいつ」
「テメェ!? このオレ様にでこピンしやがったな!?」
クーファがカイトを窘める。
「こら、カイト。ペットを虐めたらダメよ」
「オレ様はペットじゃねェ! この貧乳ブス!」
「……どうやら躾がなっていないようね?」
「イデデデデデッ!?」
クーファに頭を摘まみ上げられ、マティは悲鳴を上げた。
「く、クーファちゃんっ、使い魔さんが死んじゃいますよぉっ! ごめんなさい、アレルさんっ!」
「気にするな。たぶんこれくらいじゃ死なないだろうしな」
クーファのアイアンクロー(?)から解放されたマティは、ぜえぜえと息を荒らげ、
「……くそったれ……いつか絶対、契約を破って復讐してやる……」
「何か言ったか?」
「何でもゴザイマセン、ご主人サマ」
◇ ◇ ◇
冗談じゃねェッ!
オレ様は魔界の上位貴族だぞ!?
数万の悪魔を配下に持つ正真正銘の大悪魔だ!
そのオレ様が、何で下等な人間ごときの使い魔をしなくちゃなんねェんだよッ!?
そう本人が主張している通り、実はマスティマは魔界において、爵位を持ち、領地を与えられた高位の悪魔だった。
それがこんなふうに人間の使い魔として扱き使われているのだ。
屈辱以外の何物でもない。
もし万一このことが他の悪魔たちに知られれば、魔界中の笑い物に成りかねなかった。
だが決して彼はこの状況に絶望したわけではない。
「隷属魔法? ククク……このオレ様がそれくらい解除できねェとでも思ったか?」
力の大半を失っている現状では少し時間がかかってしまうが、それでも不可能ではない。
「解放されたらテメェに死よりも怖ろしい方法で復讐してやるからなァ……? ヒャハハハハッ!」
復讐の炎で胸を焦がす彼は、ご主人サマの命令に応じながらも虎視眈々とその瞬間を待っていた。
途中で気づかれてしまっては困るため、タイミングを見計らう必要があるのだ。
幸い、人間は悪魔と違って必ず睡眠を取る生き物だと彼は聞き及んでいた。
寝ている間、なんと完全な無防備になるというのだ。
さあ、早く寝やがれェ。
それの時が貴様の最期だァ!
――一週間が経った。
残念ながらご主人サマはまだ一度も寝ていない。
くそ、なかなか寝ねェな、こいつ……。
だがまだ一週間だし、さすがにそんなに早くチャンスはこねェか。
ケケケ、せいぜい最後の時を楽しむんだな。
――二週間が経った。
ご主人サマはまだ寝ない。
早く寝やがれってんだ!
てか、そもそも人間ってどれくらい寝るものなんだ?
そういや、それなりに頻繁に寝るって聞いてたような……?
――一か月が経った。
相変わらずご主人サマが寝る気配はない。
オイオイオイオイ、どうなってんだよ!?
もう一か月だぜっ?
まさか人間が寝るって話自体、嘘だったのか……?
チクショウッ! 誰だ、そんなガセを流しやがったのは!
怒りに身を震わすマスティマだが、当然ながらその話は嘘ではない。
人間は普通、夜になると睡眠を取るものなのだ。
もちろんアレルが異常なのだった。
ただし本人に言わせれば「俺は毎晩ちゃんと寝ているぞ」であるが。
「あの、ご主人サマ……」
「どうした、マティ?」
他に方法もないため、マスティマはある日、縋るような思いでアレルに訊いてみることにした。
「人は定期的に寝ると聞いたのですが……」
「ふむ。その通りだ。毎日、夜になると朝まで睡眠を取る。だいたい6時間から8時間ほどだ」
「毎日っ? しかも8時間!?」
マスティマは驚いた。
過酷な環境の魔界では考えられないことだ。
そんなに長時間、無防備を晒していたら、魔界ではすぐに死んでしまうだろう。
「……し、しかし、ご主人サマはまったく寝ておられないように見えますが……」
毎晩ずっとチャンスを窺っていたのだが、昼も夜もまったく途切れることなく魔法の訓練を行っていたのだ。
アレルはこともなげに言った。
「単に寝ながら訓練しているだけだ」
何を言っているか理解できなかったが、マスティマは思った。
ああ、無理だな、これ……。
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