第39話 誰かが俺の噂でもしているのだろうか?

 魔法都市アルスベルに、円を描くように均等に配置された六つの学院。

 そのちょうど中心に位置する荘厳な塔型の建造物は、都市の運営を管理する市庁舎だ。


 塔の最上階に設けられた会議室。

 そこに円卓を囲んで六人の魔法使いたちが集っていた。

 全員が【最上級職】である。


「どうやら全員集まったようだな!」


 そう大きな声で確認したのは、赤の学院学院長、《魔導王》レッドラ=アッカーメン。

 魔法使いらしからぬ筋骨隆々の大男で、年齢は四十二。もちろん赤魔法の使い手だ。

 豪放磊落な性格から部下に慕われているが、戦いをこよなく愛し、六人の中では最も好戦的な人物として知られていた。


「いちいち言わなくても見れば誰だって分かることでしょう」


 レッドラの声に少し顔を顰めながら冷たく言ったのは、青の学院学院長、《魔女王》ブルーナ=アオライン。

 よく言えば厳格、悪く言えは神経質な女魔法使いで、年齢は四十。

 青魔法の使い手である彼女は、性格的にも魔法的にもレッドラとの相性が悪く、いわゆる犬猿の仲だ。


「都市の行く末を決める重要な学院長会議だ。二人ともそうピリピリするな」


 睨み合う二人の間に割って入ったのは、緑の学院学院長、《魔導王》グリン=エルミドーリだった。

 口元に生やした髭が威厳を醸し出す、初老の男性である。年齢は五十一。

 緑魔法の使い手で、癖の強いこの六人の学院長たちの中では、もっとも常識的な人物だ。必然、皆をまとめるために骨を折ることが多かった。


「かっかっか。若い者は少々血気盛んなくらいがちょうどいいじゃろうて」


 そう快活に笑うのは黄の学院学院長、《魔導王》イエロア=キレッシ。

 背の低い白髪の老人で、年齢はこの中で断トツの最年長である八十五歳だ。

 好々爺然とした黄魔法の使い手だが、長年この都市のトップの一人に君臨してきただけあって、その腹には一物も二物も抱えている老獪な人物である。


「あら、でしたらイエロア様は逆にもう少しご自分の年齢を顧みるべきですわ? うちの生徒に手を出そうとしたこと、わたくしが知らないとでも思いまして?」


 そうイエロアに釘を刺したのは、白の学院学院長、《聖女》ホワイト=アルシロン。

 金髪の美女で、その魅力的な微笑みにすら癒しの力があると言われている。年齢はこの中で最年少の三十四。

 身体の欠陥すらも修復できると言われるほどの白魔法の使い手で、彼女の下には世界各地から患者が訪れるという。


「……は、はやく……会議を……始めよう……け、研究が……お、遅れる……」


 ぼそぼそと呟くような声がした。

 発したのは、黒の学院の学院長である《闇王》ブラグ=ラックロだ。

 二メートル近い長身ながら、針金のように細い体躯。伸ばし放題の真っ黒い髪が顔を覆い隠しているため、その容姿は伺い知れない。年齢は不詳だ。

 当代きっての黒魔法の使い手だが、見ての通りのコミュ症だった。


「では早速、始めさせていただきましょう」


 と、会議の開始を宣言したのは、にこやかな笑みを浮かべた中年男性だった。

 名はノエル。

 この中で唯一学院長ではない彼は、魔法都市全体の運営に責任を持つ市長である。


 彼は会議の進行役として、あるいは意見が衝突しがちな学院長たちの仲介役として、この場に臨んでいた。

 集結した最高峰の魔法使いたちを前にしても臆さずいられるのは、恐らく彼くらいだろう。


「まず交付金についてですが」


 そう切り出した途端、その場の空気が変わった。


 年度末が近い今日の会議。

 例年のごとく各学院への交付金の額が話し合われるだろうことは、各学院長が予想していたことではあった。

 始まる前からいつにも増してピリついた空気があったのは、このためである。


 現在、都市が市民から徴集した税金の半分以上は、各学院へと分配されている。

 魔法学院あってこその魔法都市であるため、優遇されるのは当然だが、問題は各学院に対する分配率だった。


 六つの学院が同じ額を受けられるわけではない。

 教職員や生徒の数、都市への貢献度が違うため、格差が生まれるのは仕方のないことだった。


 当然、各学院長は少しでも多くの額を得ようとする。

 そのために、自学院の成果を誇張気味に主張したり、他学院のことをことさら貶したりするのは、学院長会議における伝統とも言えた。


「実はよ、うちに今年、とんでもねぇ新入生が入ってきやがったんだ!」


 大きな声で嬉しそうに言うレッドラに、ノエルが応じる。


「レッドラ様がそうおっしゃるほどの生徒とは。なるほど、非常に楽しみですね」

「おうよ! マジでオレの後を継いで学院長になる器かもしれねぇ!」


 そこへ口を挟んだのはブルーナだ。


「今まで五度ほど同じことを聞いたことがあるのは気のせいでしょうか? そして残念ながら、その方たちが今どんな活躍をしているかはまるで聞きませんね」

「んだとっ?」


 声を荒らげるレッドラだが、それを無視してブルーナは続ける。


「実は私のところに、こちらは正真正銘、未来の学院長候補が入学してまいりまして」

「ほう。青の学院にも? それはそれは期待ができますね」


 と、そのときグリンが口を開く。


「うむ。実は我が学院にも、非常に将来を期待できる生徒が入ってきたのだ」

「緑の学院に?」


 グリンがそこまで自信ありげに言うのは珍しく、ノエルは初めて驚いたような顔をする。

 さらに、


「かっかっか、実は儂のところもでの」

「あら、随分と珍しいこともあるものですわね。わたくしの学院もですのよ」


 イエロアとホワイトまでもが同じようなことを言い出す。


「それはそれは……確かに珍しいことですね」


 まるで示し合わせたかのような各学院長たちの主張に、ノエルは首を傾げるのだった。




    ◇ ◇ ◇




「へっくしょん!」


 なぜか急にくしゃみが出た。

 誰かが俺の噂でもしているのだろうか?

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