第2話 別にそんな気はまったくない

「元気出すんだ、アレル! どんな職業を与えられよろうと、お前はおれが誇る自慢の息子に違いない!」

「お父さんの言う通りです。アレルちゃんはアレルちゃんですから」

「お姉ちゃんもアレルの味方なのだ!」


 祝福の儀式を受けて家に帰ってくると、父さんたちから慰められた。


 職業を与えられると、人はそれに応じたスキルというものを取得できるようになる。

 例えば《剣士》であれば、剣の技術が向上する〈剣技〉。

 例えば《商人》であれば、商品の良しあしを見極める〈目利き〉。

 スキルの影響は大きく、それを取得しているのといないのとでは、天地の差が生まれると言われていた。


《無職》というのはすなわち、こうしたスキルの恩恵を一切受けることができないということ。

 そして他の職業と違い、成長して【上級職】になることもない。

《無職》は一生無職なのだ。


 ある意味、女神様から直接〝才能無し〟の烙印を押されたようなものだろう。

 そのため忌み嫌われることが多く、貴族の長男でも《無職》だと分かると跡取りの座から追いやられるのだとか。


 父さんが必死に訴えてくる。


「いいか、アレル! 死のうなんて思うんじゃないぞ!」

「いや、別にそんな気はまったくない」


 姉さんもだ。


「大丈夫なのだ! 心配しなくてもアレルはお姉ちゃんが養ってあげるのだ!」

「遠慮する」

「何でなのだ!? ほらっ、小さい頃は大きくなったらお姉ちゃんと結婚したいって言ってただろう!?」

「いつの話だ。それと、悪いけど姉さんは俺のタイプじゃない」

「なっ!?」

「だって姉さん、ちんちくりんだし。俺はもっと女性的な魅力がある方が好みだ」


 姉さんは父さんに似て、チビで童顔だ。

 十三歳だが胸はぺったんこだし、十歳の俺よりも背が低い。

 なのでよく俺が兄に間違えられる。

 三十五歳の父さんも、もうすぐ俺に背丈を抜かれそうだった。


「ま、まだまだこれから成長するのだ! 毎日頑張って牛乳一杯飲んでるし! ひゃ、150センチは堅いぞ!」

「あと15センチか。まぁ頑張ってくれ、姉さん」

「無理だと思ってるだろう――っ!?」


 もちろん思っている。


「お姉ちゃんのことはともかく、お母さんたちもできるだけ長くお仕事頑張るから、アレルちゃんは働かなくたっていいんですよ」


 おっとりと息子の脛かじりを容認する母さん。

 父さん姉さんとは真反対で、背が高くてグラマラスな体型だ。

 俺はどちらかというと母さんに似たと思う。


 にしても随分と心配されしまっているようだ。

 正直、俺としてはそれほど悲壮感なんてないのだが。


 だって俺は思うんだ。

 別にスキルなんてなくったって、何とかなるんじゃないかと。






 祝福を受けた翌日のこと。

 俺は家の近くの広場で素振りをしていた。


 5歳の頃からの日課だ。

 母さんが毎日やっていたのを見て、俺も一緒にやり始めたのが最初。

 周囲からはやる意味なんてないと言われたが。

 というのも、幼少期に幾ら剣が上手くなっても、《剣士》になって〈剣技・初級〉を取得すればあっさりと追い抜けるからだという。


「別に意味ないことはないだろう。剣を振っているだけで気持ちいいしな」


 ブンブンブン、と風切り音を響かせていると、どこからか笑い声が聞こえてきた。


「おいおい、《無職》が剣の訓練してるぜ!」

「ぶははは! マジだ!」


 俺と同じ年の少年二人組だった。

 つまり昨日、一緒に祝福を受けた連中である。


 二人とも腰に剣を提げている。


「もしかしてお前たちもか?」


 俺は訊いた。


「お前たちも? ぶはっ、俺らはお前と違って《剣士》だからな!」

「一緒にするんじゃねーよ!」


 どうやら二人とも《剣士》の職業を授かったらしい。

 それで〈剣技・初級〉のスキルを入手したため、早速その効果のほどを確かめにきたようだ。


「俺らは《無職》のお前と違って、素振りなんつーダセェことする必要ねぇからな!」

「まぁそこで見ておけよ!」


 彼らはいきなり試合を始めた。


 カンカンカン!


 剣と剣がぶつかり、火花が飛び散る。


「うおーっ、すげぇ! 今まで剣なんて持ったこともなかったのに、マジで身体が勝手に動くぞ!」

「俺も俺も! これならゴブリンくらい瞬殺できそうだぜ!」


 なるほど、確かに初心者とは思えない剣筋だ。

 これがスキルの力か。


「ぜえ、ぜえ……やっぱすげぇな、スキルってのは!」

「はぁ、はぁ……ははっ、どっかの《無職》さんには一生この感覚は味わえないんだろうな」


 しばらくめまぐるしく攻守を切り替えながら斬り合っていたが、やがて息が上がってその場にへたり込んだ。


 彼らの呼吸が落ち着くのを待ってから、俺は声をかける。


「せっかくだし、少し俺と手合わせしないか?」


 すると彼らは大声で笑い出した。


「《無職》が俺たち《剣士》と? ぶはははっ、相手になる訳ねぇだろ!」

「お前、今の俺たちの剣技を見てなかったのかよっ?」

「いや、見ていたからこそだ。正直、相手にするにはちょうどいいと思った」


 今まで俺が手合わせしたことがある相手と言えば、母さんだけだからな。

 だが母さんは強すぎるし手加減が下手くそだしで、まったく訓練にならなかった。

 できれば一度、もう少しレベルの近い相手とやってみたかったのだ。


 彼らは一瞬目を丸くし、それからさらに爆笑する。


「ぶははははっ! 馬鹿だこいつ!」

「《無職》のショックで頭おかしくなったんじゃねーか!」


 ふむ。

 そんなにおかしなことを言っただろうか?


 俺の見込みだと、二人を同時に相手にしても負けないと思うんだが。

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