第36話 寂しかったのだ

 全身の炎が一時は弱まっていたフェニックスだが、マグマの中から出てきたときには再び元の煌々と燃え盛る姿に戻っていた。


「マグマから力を補給したのか」


 これでは幾らダメージを与えたところで何度でも復活してしまうぞ。


 どうしようかと頭を悩ませていると、


『……ニンゲンよ。お主の力、見せてもらった』


 ふむ?


『いいだろう。望み通り……我はこれよりお主の従魔となろう』


 ……なぜか自分から従魔になると言ってきたぞ。


「どういうことだ?」

『……何か、不服か?』

「不服というか、単純に驚いている」


 今までの二体は体力を奪った上で、隷属魔法をかけて無理やり従魔に――

 いや、まっとうに〝調教〟したのだったな。


 フェニックスが地面に降り立った。

 そしてどんどん小さくなっていく。


 やがて人間の男の姿となってしまった。


 見た目の年齢は四十前後。

 あれだけ勢いよく燃えていた炎はどこに行ってしまったのか、太陽のように輝いていた姿から一転、地味で渋い感じの紳士である。

 せいぜい灰色の髪の一部に赤や黄色が入っている程度。


 どうして人化するとそろいもそろって元の姿と全然違ってしまうのか、謎だ。


「実を言うとだな……」


 フェニックスは神妙な顔つきをして、言った。


「我は……寂しかったのだ」


 ……?


「何百年、何千年も……ずっと一人で……寂しかったのだ……」


 何を言い出したのだろうか、この神話級の魔物は。

 遠い目をして空を見上げる姿からは、長い年月を生きてきた深みが感じられるが……。


「我はこの燃え盛る身体のせいで、誰も近づいてこない……。たとえ人化しても気配で分かるのか、魔物や動物はすぐに逃げてしまう……。我と会話ができるのは……そこにいる同格の神話級の魔物ぐらいなのだ……」


 フェニックスはベフィとリビィをちらりと見た。

 ベフィは相変わらず眠そうで、リビィはきょとんとしている。


「だが最後に会ってから何百年経つことか……」

「んー、ぼくは海の生き物たちと仲良くやってるし、寂しいなんて感じたことないからよく分かんないや」

「な、なんと羨ましい……!」


 フェニックスは羨望と嫉妬の眼差しをリビィに向けた。


「一人ぼっちで過ごし続ける日々の辛さ……お主らに分かるか?」

「一人の方が気楽」


 ベフィはにべもなく言い切った。


「こ、この裏切り者どもめ……!」


 自分だけが孤独を味わい続けていたことを知って、フェニックスは声を震わせる。


「だったら今のように人化して街にでも出ればよかっただろう」

「む、無理に決まっているっ。単身でニンゲンの街になど……考えただけで怖ろしいっ。いきなり声をかけられたらどうする? 緊張で上手く声が出なかったら? どんな話題で会話すればいい?」


 寂しがり屋の人見知りというわけか。

 面倒な性質だな。


「俺とは普通に話をしているが」

「……一対一では無理だっただろう」


 今は一応知り合いがいるからどうにか大丈夫らしい。


「そもそも何千年もたった一人で生きてきた者が、誰かとまともに交流できると思うかっ?」


 そう言われると難しいかもしれないな。


 まぁ俺は過去にコミュニケーションで困ったことがないから分からないが。


「ご主人サマ、それはきっと周りが合せてくれ――――いえ何でもありません」


 渋い中年男が、捨てられた子猫のような目をして言った。


「どうか、我をお主の従魔に加えてくれぬか……?」


 ……なんだか予想外の展開になってしまったが、元よりそのためにここまで来たのだ。

 俺は頷いた。


「いいだろう。よろしく、フェニー」


 ついでに愛称もつけてやった。







 魔物都市へと戻ってきた。


「これで五体の魔物がそろったし、今度こそギルドに入れるはずだ」

「……ご主人サマ」

「どうした、マティ?」

「本気でこのメンバーでそのモンスターバトルとやらに出る気デスかね? 普通に世界を滅ぼせる戦力ですケド……」

「そのつもりだが? 何か問題でもあるか?」

「…………いえ」

「?」


 そのためにわざわざ三体の神話級の魔物を集めたのだ。

 今さら何を言っているのだろうか。


「というわけで、お前たちには頑張ってもらおう」

「ん、仕方ない」

「なんか楽しそうだし、おっけ~っ!」

「了解した、我が主」

「……本当に頑張ったら一瞬で都市が崩壊しマスけど……? って、何で悪魔のオレ様が一番心配してるんだ……」


 俺は彼らを引き連れ、早速ギルドへと足を運ぶ。

 前回、門前払いされてしまったところだ。


「あら? また来たの?」


 先日の女性職員が俺の顔を見て、ふん、と鼻を鳴らした。


「ああ。五体の魔物を連れてきたぞ。これで所属を認めてもらえるはずだ」

「へえ?」


 俺が要件を伝えると、小馬鹿にするように彼女は口端を吊り上げた。


「見たところ前回と同じ悪魔とスライムしか見当たらないけど?」

「ここにいるぞ」


 俺は後ろのベフィたちを指差した。

 ベフィは大きな欠伸をし、リビィは興味深そうに近くの銅像を弄り、フェニーは大勢のニンゲンがいるせいか恐々と俺の背中に隠れている。


「って、どっからどう見ても人じゃないの!」

「違うぞ。人化しているだけだ」

「人化? あははははっ! そんなの伝説級以上の魔物にしかできないわよ! はいはい、あたしも暇じゃないんだから邪魔をしないで」


 彼女は犬でも追い払うように、しっしっ、と手を振った。


「……ふむ。見てもらった方が早そうだな」









「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!?」

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