第43話 覚えています
「お、お待たせしました」
「いえっ、ぜ、全然待ってないです! ていうか、僕が早く来ちゃっただけでっ……」
ダメだ。
めちゃくちゃ緊張している。
前世も含めて、これほど心臓がバクバクしているのは初めてかもしれない。
「そ、そうでしたかっ……わ、わたくしも早めに着くつもりだったんですけどっ……」
あれ?
セレスティアさんも緊張してる?
それから僕たちは並んでベンチに腰かけた。
二人分くらいの間が空いている。
「「……」」
しばらく無言が続く。
ほんの数十秒くらいだったのだろうけれど、僕には永遠のように感じられた。
一体、話って何だろう……?
勿体ぶらないでいっそ一思いに……いや、やっぱり怖い!
早く聞きたいという気持ちと、聞きたくないという思いが僕の中で戦っている。
そうして、ようやくセレスティアさんがおずおずと口を開いた。
「今日は、その……お礼を申し上げようと思いまして……」
「お、お礼……?」
その言葉を聞いた瞬間、僕は緊張から解き放たれた。
やった!
レイラとの入れ替わりがバレたわけじゃなかった!
「……あの、どうかされましたか……?」
「い、いえ、何でもないです。続けてください」
安堵が顔に出てしまったらしく、セレスティアさんに不思議がられてしまった。
どうにか誤魔化す。
「えっと、もしかして合同訓練のときのことですか? でも、あれは別にお礼を言われるようなことじゃ……。参加者の一員として当然の働きをしただけですし」
「で、ですがっ、アークさんとレイラさんのお陰で、あれだけの魔物を相手にしながら全員無事で戻ってくることができたのですっ。だから、そのっ、本当に感謝していますっ」
「は、はい」
そのためにわざわざこうしてお礼を言いに来てくれるなんて。
すごく律義な人だなぁ。
「でも、感謝したいのはそれだけじゃないんですっ」
「え?」
「その……お、覚えていらっしゃいますか……? 四年前のこと……」
「四年前……」
セレスティアさんはまるで何か大切な秘密を打ち明けるような語気で、言った。
「実はわたくし、アークさんに命を救われたことがあるのですっ! も、もちろん、あなたは覚えておられないと思いますが……」
「あ、いえ、覚えてますよ?」
「や、やっぱりそうですよね……ほんの一瞬の出来事でしたから、きっとそうだろうと思って――えっ? お、覚えています!?」
もちろんよく覚えている。
僕はアンデッドを操る死霊術師を探り、王宮でセレスティアさんと出会った。
そんな場合じゃないというのに、僕はつい見惚れてしまったんだ。
当然、そんなことは恥ずかしいので言えるわけがないけど。
「えっと、キメラと敵の首魁に襲われていて、結構危ないところでしたよね?」
「そ、そうですっ! もうダメかと思われたそのとき、赤い髪の男の子が現れて、あっという間に倒してくださって……っ! アークさんっ、やっぱりあれはあなただったんですねっ!?」
さっきまで二人分あったはずの空間が、いつの間にかほとんどゼロになっていた。
興奮した様子のセレスティアさんが一気に近づいてきたからだ。
「ですがあのとき、お礼を申し上げる間もなくいなくなってしまい……だから、ずっと感謝の気持ちを伝えたかったのですっ!」
そこでセレスティアさんはベンチから立ち上がると、僕に思い切り頭を下げてきた。
「本当にありがとうございますっ!」
「ちょっ……」
僕も慌てて立ち上がった。
「あ、頭を上げてくださいっ。ていうか、僕なんかに頭を下げないでくださいよっ! 王女様なんですし……っ!」
「っ……」
頭を上げてくれたセレスティアさんだったけれど、なぜかショックを受けたような顔をしていた。
な、何か僕、間違ったこと言っちゃったかな……?
「……セレス」
「え?」
「わ、わたくしのことはセレスと呼んでくださいっ!」
「さ、さすがにそれはっ」
「大丈夫ですっ! レイラさんもそう呼んでいますから!」
いや呼んでないよね!?
セレスお姉ちゃんだし……男が呼ぶにはこっちの方がもっと恥ずかしいけど。
「あなたはわたくしにとって命の恩人ですっ。だから、その……王女なんて、他人行儀な呼び方は……い、嫌です」
最後の言葉は、まるで拗ねた子供のような口ぶりだった。
か、かわいい……。
「わ、分かりました、セレスさん」
「……セレスでいいです」
「せ、セレスさん」
「う~、仕方ありません……」
王女であるに加え、年上でもあるのだ。
前世は年功序列意識の強い日本人だった僕にとって、譲れないところである。
……まぁその前世を合わせると、僕の方が年上だろうけど。
それから僕とセレスさんは再び並んでベンチに腰かけた。
心なしか、セレスさんが先ほどより距離を詰めてきている。
「それにしてもお二人には驚かされてばかりです。……聞けば、まだ十二歳なんですよね? 四年前はまだ祝福も受けてなかったはずでしょう?」
「そうですね……。でも、幼い頃からお父さんにめちゃくちゃ鍛えられたので」
お互い少しは緊張が解けて、普通に会話をする余裕が生まれていた。
「……〝職業〟やスキルの壁は、訓練などではどうにもならないと思うのですが……」
「そうですか? 僕は《無職》ですけど、一応どうにかなってます」
「それ、何かの間違いじゃないんですよね……?」
本当なんだけどなぁ。
Sクラスになってからというもの、みんな僕が《無職》だと主張しても全然信じてくれなくなってしまった。
「い、いえっ、わたくしは信じますっ。考えてみたら、まだ八歳だったアークさんがあれだけの強さだったわけですしっ……きっと、誰も知らない秘密があるんですよね……?」
「秘密というか、僕はお父さんの言う通りに鍛えただけですね。僕と同じで《無職》だったお父さんは、何年もかけて自力であらゆるスキルをマスターしていったそうです」
そう考えると本当に化け物だよ、あの人。
僕だったらそもそも《無職》だった時点で諦めると思う。
「ちなみにお父さんがは、別に強くなるのにスキルはいらない、大事なのは限界を決めないことだ、ってよく言ってました」
「……すごい方なんですね。機会があれば、ぜひ一度お会いしてみたいです」
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