第42話 パパは人間だもん

 魔族を倒して戻ってくると、すでにアトラスも含めてすべての魔物が片付いていた。


「アーク、おかえり!」

「ただいま、レイラ」

「どうだった?」

「魔族がいた。倒したからもう大丈夫だと思うよ」


 そう告げると、あちこちから安堵の息が漏れた。


「さすがね」

「どうどう、みんな? やっぱり私の目に狂いはなかったでしょ?」


 リッカが感心し、なぜかメレナさんがドヤ顔をしている。


「お、おい」


 怖い顔をしたバンナさんが近づいてきた。

 また何か文句を言われるのだろうかと少し身構えていると、


「わ、悪かったよ、疑っちまって……。お前、本当に強かったんだな」


 どうやら僕のことを認めてくれたらしい。


「僕も驚いたよ。あのアトラスが現れたときは絶体絶命かと思ったけれど……まさか、二人だけで倒してしまうなんてね」


 ディアスさんが肩を竦める。


「レイラさんはともかく、なぜそれほどの強さを……? あなたは《無職》なのでは? それとも、それは何かの間違いなのですか?」


 そう聞いてきたのはアリサさんだ。


「いえ、本当に《無職》ですよ?」

「「「……」」」


 あれ?

 なんかみんなから疑いの目を向けられているんだけど……?

 本当だってば。


「ええと……まぁ、お父さんにめちゃくちゃ鍛えられたので」

「うん! パパはすっごく強いんだよ! レイラとアークの二人がかりでもぜんっぜん、歯が立たないもん!」

「「「なにその人、本当に人間……っ!?」」」


 みんなが戦慄した。


「パパは人間だもん!」


 レイラが頬を膨らませて怒り出す。

 ファザコンだからお父さんのことを悪く言われると機嫌が悪くなるのだ。


 しばらく休んだ後、僕たちはすぐに森を出ることにした。

 さすがにこの状況で、訓練を続けたいと思う人はいなかった。








 合同訓練から数日が経った。

 男子寮の部屋で、ランタが言う。


「それにしても怖ぇなぁ。アンデッドって、どんなに攻撃しても効かねぇんだよな?」

「効かないわけじゃないよ? 痛みは感じないけど、足を破壊したら移動できなくなるし、頭を潰せばだいたい動かなくなる」

「うえ」


 想像したのか、ランタは嫌そうに顔を顰めた。


 ランタに限らず、あの一件はすでに学院中に知れ渡っていた。

 つい昨日、教員から全生徒に伝えられたからだ。

 すでに噂になっていたし、さすがに緘口令を敷くわけにもいかなかったらしい。


 元凶の魔族が倒されていると聞いて安堵する生徒も多かったけれど、それでも不安を感じる者も少なくなく、学院内が陰鬱な空気に包まれていた。

 それだけ四年前のことが彼らに影を落としているのだろう。


「そう言えば、お前も戦ったんだよな?」

「うん」

「マジで災難だよな。最初のゼミでいきなりだろ?」

「まぁね。でもいい経験になったと思うよ」

「肝が据わってんなぁ。さすが、EクラスからSクラスに一気にジャンプアップするだけのことはあるぜ」


 ランタが言う通り、僕は無事にSクラスに移動していた。

 ゴリラ先生が職員会議で承認を取り付けてくれたらしい。


「完全に追い抜かれちまったな」

「ランタも頑張れば上がれるよ」

「簡単に言ってくれるぜ。Sランクなんて、才能がなけりゃ無理な世界だろ」


 そんなことないと思うけどな。

 才能を言うなら、僕なんて《無職》なんだし。


「あ、そうそう」


 ランタが何かを思い出したように手を叩いた。


「またお前に手紙が届いていたぞ?」

「手紙?」


 どうせまたレイラだろう。

 もう僕は嫌だよ、入れ替わりなんて。


 レイラに変装して女子寮で生活するのも大変だけど、それ以上にレイラに僕を任せていると何を仕出かすか分からない。


 僕は溜息を吐きながら、手紙の中身を呼んだ。


『突然のお手紙、申し訳ありません。今度の休日、よろしければお会いできないでしょうか? アークさんにお話ししたいことがあります。セレスティア』


 って、セレスティアさんじゃん!?


「ん? どうした? もしかしてラブレターか? 早速、Sクラス効果か~。羨ましいぜ」

「ち、違うよっ」

「じゃあ何でそんなに動揺してんだ?」

「してないしてない!」


 僕はいったん深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。


 こうしてわざわざ手紙で呼び出すなんて、一体、何の用だろう?


 これが普通の女の子なら、ちょっと期待しちゃったりするかもしれない。

 でも相手はこの国の王女様だ。

 甘い感じの展開にはまずならないだろう。


 そう落ち着いて考えてみたら、一気に不安になってきた。


 まさか、入れ替わっていたのがバレたとかないよね!?


 もしそうなら一巻の終わりだ。

 学校生活のみならず、僕の精神が終わる。


「どうしよう……」

「お、おい、大丈夫か? なんか急に顔色が悪くなったが……」

「……大丈夫じゃない」

「アーク!?」


 それもこれも全部レイラのせいだ……。







 翌日、僕は待ち合わせの場所に来ていた。


 学院内でもほとんど人気のない、校舎裏の小さな庭。

 そこに設けられたベンチに座って、セレスティアさんを待つ。


 約束の時間まで、まだ三十分もある。

 緊張のあまり早く着すぎてしまったのだ。


 目を瞑って精神統一。

 すでに何度も考えた言い訳を、改めておさらいしておく。


「アーク、さん……」

「っ……セレスティア殿下っ?」


 ちょっ、早っ!?


 思っていたよりずっと早くセレスティアさんが来てしまい、僕は大いに慌ててしまった。

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