第10話 ただのイラプションではないからな

 ミスリルは聖銀などとも呼ばれ、鉄や銅なんかより遥かに強度が高く、また魔法への抵抗力も強い。

 少年が放ったイラプションという魔法を受けても何のダメージも受けてないことから、あの人形はミスリル製である可能性が高かった。


「その通りだ。あの人形は黄の学院に特注で造らせたミスリル製で、何年も前から入学試験用に使われている。だがあれを溶かす威力の魔法を放った受験生は未だに一人もいない」


 中年の試験官がどことなく誇らしげに教えてくれた。


「くっ……ミスリルだったのかっ……」


 少年は悔しげに顔を歪めてから、


「ま、まぁ、ミスリル製だというのなら、僕の魔法に耐えたとしても仕方がない」


 自分を納得させるように呟いている。


「ぷぷぷ、マジでだっせーっ。あれだけ自信満々だったくせによぉっ!」


 そんな彼をカイトがわざわざ煽った。


「っ……ふん、だったら君ならできるとでもいうのかい?」

「おれは無理だけど師匠なら楽勝だぜ! ですよね、師匠!」


 何でそこで俺に矛先を向けさせる?

 お前が挑発したんだからお前が処理すればいいだろう。


「なんたって、トロルキングを瞬殺したくらいだからな!」


 カイトがさらに余計なことを言う。


「く、くくくく!」


 すると《魔導師》の少年が笑い出して、


「あははははっ! 法螺も吹くにしても限度というものがあるだろう! それともそれも平民流の冗談かい? トロルキングだなんて、うちの領地の騎士団が総出を上げて討伐するような魔物じゃないか! それを瞬殺なんて……くくくっ……」


 別に嘘ではないのだがな。


「けっ、笑ってられるのも今の内だぜ! 見せてやってくださいよ、師しょあだっ!?」


 とりあえず勝手に話を進めていく馬鹿を殴っておいた。


「で、では次、受験番号、十二番」


 どのみちすぐ次は俺の番だった。

 試験官に呼ばれて、所定の位置に立つ。


 カイトのせいで、他の受験生たちや、見学者と思しき人たちから随分と注目を浴びてしまっているな……。


「ん? これは……」


 俺が提出した書類でも見ているのか、手元に視線を落とした試験官が怪訝な顔をしている。


 さて……。

 別にカイトがああ言ったからと言って、あの人形を破壊しなければならないというわけではない。


 だがせっかくミスリルへ魔法をぶつけられるのだ。

 ここは本気でやってみるとするか。


 俺は即興で術式を作っていく。


 もちろんスキルのない俺には、便利な術式構築の自動アシストなんてものはないため、すべて自力で一から組み上げなければならない。


 トロルキングを倒したエクスプロージョンならば、あのミスリル人形を破壊できるだろうか?


 恐らく微妙なところだろう。

 ああした強度の高いものに対して、爆発系の魔法は相性があまりよくない。

 それに近くに建物もあるこんな場所で、あんな大爆発を起こすのはやめておいた方がいいことくらい、常識人の俺は理解していた。


 それよりも超高熱で人形を溶解するのがいいだろう。

 そのためには単純に注ぎ込む魔力量を増やすのが手っ取り早いが……これにはそこそこ時間がかかってしまう。

 

 この試験では発動までの時間も見られているはずだし、消費魔力を上げる方向性はやめた方がよさそうだな。


 となれば、術式のこの辺とこの辺を弄って……よし、こんな感じか。


「イラプション」


 かなりアレンジしてはいるが、基本的な術式は先ほどの少年と同じなので、そう魔法名を言っておく。


 刹那、的である人形がカッと鋭く燃え上がった。

 かと思うと、すぐに炎は消失してしまう。


「まさか、《無職》が魔法を使っただと……!?」


 驚愕したのは試験官だ。

 その一方で、貴族らしき少年が哄笑を轟かせる。


「あはははははっ! 何だ今のはっ? あれがイラプションっ? ただ一瞬、光っただけじゃないか! トロルキングを倒すどころか、これじゃ入学試験すら不合格だ! だけど良い喜劇だったよ! つまない試験だと思っていたけど、お陰で思いのほか楽しむことができた!」


 ふむ。

 一体何を見ているんだ、この少年は?


「よく見ろ。ちゃんと人形を破壊したぞ」

「……はっ、何を言って――」


 少年が人形のあった場所へと視線を向ける。


「――っ!? な、ない!? おい、人形を一体どこにやった!?」

「どこにやるも何も、溶けて地面で液体になっているだろう?」


 人形は台座の上で、煌々と輝く銀色の液体と化していた。

 そのうちまた固まるだろうが、今はまだぐつぐつと微かに煮立っている。


「ば、馬鹿な……ミスリルだぞ……? イラプションで溶解するはずがない!」

「ただのイラプションではないからな」

「なにっ?」


 ちょうど人形を覆う程度の範囲にまで炎を集束させた上で、発火時間もぎゅっと短縮させてやったのだ。

 恐らく局所的な威力としては、エクスプロージョンをも凌駕していただろう。


 もちろんそのための術式を組み込む必要はあったのだが、発動時間としてはエクスプロージョンと大差なかったはずだ。


 まぁここまでの速度で術式を構築できるようになるには、随分と苦労したのだが。

 今の術式だと、恐らく最初の頃なら十分くらいはかかっていた。

 しかも今のように即興で考えてとなれば、もっと時間が必要だっただろう。


「さすが師匠! 凄すぎです! まさかミスリルを溶かしてしまうなんて!」


 カイトが駆け寄ってくる。


「とりあえずこれで合格のはずだ」

「当然ですよ! おれもすぐに合格しますんで、待っててください!」

「いや、待つ気なんてないぞ。すぐに行きたいからな」

「……へ?」

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