第11話 これなら文句ないだろう?

 赤の学院の入学試験を突破した俺がやってきたのは、青の学院だった。

 水や氷、冷気に関する魔法を学び、研究するための学校である。


「ここが試験会場のようだな」


 同じ《魔術師》であっても、一般的に赤魔法のスキルは男性に発現しやすく、青魔法のスキルは女性に発現しやすいと言われている。

 実際、先ほどの会場は少年が多かったが、こちらは大部分が少女だった。


「あれ? あなた、何でこっちにいるのかしら?」


 と、声をかけられて振り返ると、先ほど別れた少女がいた。

 確か、クーファとか言ったっけな?


「試験を受けにきた」

「……はい?」


 彼女は怪訝そうに眉根を寄せた。


「だって、カイトと一緒に赤の学院の試験を受けに行ったんじゃないの?」

「受けたぞ。そして合格した。だから次はこっちに来たんだ」

「ごめん、何一つとして言ってる意味が分からないんだけど……」


 ふむ。

 どうやら複数の試験を同時に受けるのは一般的ではないらしいな。


「別に、二つ以上の学院に通ってはいけないという決まりはないだろう?」

「えっ、ちょっ、まさか、こっちの学院にも通う気……? ていうか、青魔法も使えるの?」

「一応な」


 もちろんスキルはないが。


「だ、だけど、あまり推奨できないわ。知ってると思うけど、〝色違い〟の魔法はまったく術式の魔法文字も文法も全然違うから、同時に学ぼうとするとこんがらがってしまうのよ。一色の魔法ですら極めることは難しいんだし、一つに絞るべきだわ」


 確かに一見すると、色が違えば文字も文法もまるで異なるように思える。

 だがさらに深く理解していけば、その根底に流れている原理原則はそう大差ないんだがな。


 俺は懐疑的なクーファを後目に、先ほどと同じように受付を済ませる。

 またも《無職》である点で驚かれたが、やはり試験は受けさせてくれるようだった。


 試験の内容は、赤の学院と似たようなものだった。

 ただし、こっちでは的が複数――四十あり、しかも一つ一つが小さい。


「なるほど。威力よりもコントロールや連射速度を見たいということか」


 魔法の性質からして、やはり威力の上では赤魔法に分がある。

 ゆえに青魔法は、命中力と手数に重きを置くことで、その弱点を補うことが多いのだ。


「ウォーターボール!」


 ちょうど一人の少女が試験中だった。

 彼女は拳大の水の塊を連続で作り出し、的へとぶつけていく。

 何度か外しつつも、およそ五十秒ですべての的に当てることができた。


「受験番号十八番、合格です」


 どうやらあれで合格らしい。


「一分以内であれば合格になるらしいわ。私は三十秒だったけど」


 と、クーファが少し自慢げに教えてくれる。

 彼女はすでに試験を終え、無事に合格したようだ。


「で、本当に受ける気?」

「もちろんだ」

「まぁそこまで言うなら、止めないけど……」


 意外にもお節介な性格らしく、心配してくれているようだ。


 やがて俺の順番が回ってくる。


「え? 《無職》? ちょっと待ちなさい。あなた、職業の詐称は失格ですわよ?」


 が、そこで試験官に職業のことを咎められた。


 二十代半ばくらいの女性だ。

 いかにも気位が高く自尊心の強そうな顔つきで、俺は少し面倒なことになりそうだと内心で溜息を吐く。

 まぁ人を顔だけで判断してはいけないが。


「詐称ではない。俺は間違いなく《無職》だ」

「もしそれが本当だとしたら、あなたには試験を受ける資格などありませんわ」

「ふむ? 試験を受けるだけなら誰にでもできると聞いたが?」

「原則的にはそうだとしても、普通は自粛するものですわ。わたくしたちは自分の研究時間を割いてまで試験官をしていますわ。無駄な時間を使わせないでくださいまし」

「こうして言い合っている時間がそもそも無駄だと思うのだが」

「だから早くそこを退いて下さいと言ってますの。すぐに次の番号の受験生を呼びますから」


 随分とせっかちな女だ。

 十秒あれば終わるというのに。


「アイスエッジ」


 俺は氷の刃を四十本、同時に出現させた。

 もちろん的の数と同じだ。


「い、一度にあれだけの数を……っ? しかも、氷だなんてっ……」


 女試験官が息を呑む中、俺は一斉に的目がけて撃ち放った。


 ズガガガガガガガガッ!


 四十の的へ、四十本の氷がほぼ同時に直撃する。

 鋭く尖った刃は的を刺し貫いていた。


「……ふむ。六本ほど中心からズレてしまったな」


 まだまだ精度に問題があるが、とりあえずこれで試験はクリアできたはずだ。

 合格ラインは一分と言っていたが、恐らく十秒もかかっていないだろう。


 そういえば、別に今回は的を壊す必要はなかったか。

 わざわざ手間をかけて水を凍らせなくてもよかったな。


 俺は「これなら文句ないだろう?」という顔で試験官の方を見た。


「こ、こんなの、あり得ませんわ……まさか、アイスエッジを一度にあんなに……しかも一発も外さず、ミスリル製の的を貫通してしまうなんて……」


 しかし試験官はわなわなと身体を震わせているだけで、合否については何も言ってこない。


 まぁでも、今ので不合格などということはないだろう。


 ぽかんとしているクーファの脇を通り抜けて、俺は試験会場を後にする。

 まだあと四つ受けないといけないからな。


 頑張れば今日中にすべて終えることができるかもしれない。


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