第5話 そんな奴がいたら顔を見てみたい
「ミラがどんな職業を与えられるのか考えていると、お父さん、緊張してほとんど眠れなかったぞ!」
「ふふふ、お母さんもですよ」
父さんと母さんがどこかで聞いたことのあるようなやり取りをしているが、今日はミラが祝福を授かる日だ。
思い出すのは十年前の今日。
俺は《無職》という職業を与えられた。
スキルの恩恵を一切受けることができない外れ中の外れ職業……なのだが、
「結局のところスキルなんてなくても問題なかったのが、この十年で証明されたわけだ」
「それは一般化するべきではないと思うぞ……」
ライナが半眼でこっちを見てくる。
「ふむ? そうだろうか? 努力次第で誰でもできると思うのだが……」
「貴様の他にあんな頭のおかしいレベルの努力ができる奴が、そうそういてたまるか」
なぜ俺は朝から妻にディスられているんだ?
もしかして機嫌が悪いのだろか。
「そうか。おはようのキスがまだだからか」
最近はあまり見なくなったが、父さんと母さんがよくやっていた。
それが夫婦円満の秘訣らしい。
「なななっ、何を言っているのだっ!?」
「そう恥ずかしがらなくてもいいだろう。昨日の夜は――」
「わああああああっ! こんなところで言うなぁぁぁっ!」
ライナは顔を真っ赤にして逃げていった。
「そういえば、ミラがまだ起きてきていないな?」
「あら、そうですね。そろそろ準備しないと」
「よし、お父さんが起こしに行ってこよう」
「機嫌が悪くなるのでやめてください。女神様から祝福をいただく日なんですから」
「どうしてだ、ミラ! お父さんはお前をこんなに愛しているというのにぃぃぃっ!」
「寝ている顔にキスしようとしたりするからですよ。アレルちゃん、お願いしていいですか?」
「もちろんだ」
泣き出す父さんを尻目に、俺はミラの部屋へと向かう。
父さんのようにいきなり部屋に入るなんて愚行は起こさず、ちゃんと扉をノックしながら声をかける。
「ミラ。そろそろ起きないと。……ミラ?」
だが何度声をかけても返事がない。
「ミラ、入るぞ」
仕方なく中に入った。
「……いない?」
ミラが寝ているはずのベッドはもぬけの殻だった。
すでに起きているのだろうか?
ベッドの下やクローゼットの中にもいなかった。
さらにトイレや浴室、一応俺の部屋や父さんたちの寝室も見て回ったが、どこにも見つからない。
「さすがにここにはいないよな」
普段あまり使っていない倉庫のドアを開けると、中にライナがいた。
「……何やってるんだ?」
「う~」
ともかく今はミラのことだ。
リビングに戻る。
「父さん、母さん、大変だ。ミラがどこにもいない」
「なんだって!?」
「まさか、もう一人で行ってしまったなんてことないですよね……?」
「母さん、さすがにそれはないだろう。家族を置いて勝手に行くなんて、そんな奴がいたら顔を見てみたい」
「「……」」
俺の言葉に、なぜか父さんと母さんが微妙な顔を向けてくる。
何か変なことを言っただろうか?
と、そのときソファでゴロゴロしていたベフィが、窓の外を指さしながら、
「さっき歩いていくの見た」
「本当か?」
「ん」
「いつぐらいだ?」
「三十分くらい前。たぶん」
方角から考えて、教会の方だ。
まさか本当に一人で行ってしまったのだろうか。
「ミラはグレてしまったのか……」
「「……」」
また父さんと母さんが微妙な顔をして俺を見てくる。
仕方なく俺、父さん、母さんの三人はミラの後を追って教会に向かった。
ライナは……よく分からないから放っておこう。
「なんだ?」
「何かあったんですかね?」
教会に入ると、いつもの荘厳な空気はどこへやら、なぜか騒がしい。
そして祭壇の前にちょっとした人だかりができている。
どうやら誰かが倒れているようだ。
近づいていくと、それが俺とライナの結婚式でも世話になった《司教》のロゼットだと分かった。
もちろん今日の儀式を執り行う重要人物でもある。
「な、何があったんだっ?」
「レオンさん! それにファラさんにアレルくんも……!」
俺たちが駆け寄ると、皆が一斉にこっちを振り返った。
「れ、レオン君……」
倒れていたロゼットもこっちに気づいてか細い声を出す。
どうやら意識はあるようだ。
「だ、大丈夫ですか?」
「……心配は、要らない……少し、気分が悪くなっただけだ……」
顔色は悪いが、見たところ外傷もなさそうである。
「早く奥で休まれた方が……」
「いや……その前に……彼らにこれだけは伝えておかないと……」
そうしてロゼットが口にした言葉に、俺たちは衝撃を受けたのだった。
「先程、ここにミラちゃんが一人で来た……そして……私は、彼女に祝福の儀を行った……」
「「「え?」」」
やはりミラは一人で来ていたらしい。
だが祝福の儀は皆が集まってから行われるはずだ。
先に来たからと言って、先に受けられるわけではない。
なのに、なぜミラ一人に……?
「彼女を……彼女を救えるのは、君たち家族だけだ……だから……」
「い、一体、ミラは何をしたんだ?」
「……」
「では、あの子は何の職業を……?」
「……わ、私の口からは……い、言えない……私の口からは……」
「ロゼットさん!?」
何かに怯えるように唇を震わせるロゼット。
よくなりかけていた顔色が、また急激に悪くなっていく。
「すぐに休ませた方がいい!」
「仮眠室に運ぶぞ!」
ロゼットは皆に抱えられ、奥へと運ばれていった。
「ともかくミラを探そう」
「そ、そうだな……」
「……はい」
俺は父さん、母さんと手分けして、ミラを探すことにした。
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