第6話 証拠なんて残さないです

 俺はミラを探して町の各所を見て回っていた。


「いらっしゃい。って、アレルちゃんじゃないか。今日は何の用だい?」

「ばあさん、ミラを見なかったか?」

「ミラちゃん? 見てないねぇ」

「そうか。もし見かけたら教えてくれ」


 家の近所にあるアイテムショップにはいなかった。


「おう、アレル、どうしたんだ? 何か探してるのか?」

「ミラを見なかったか?」

「見てないなぁ。ところで彼女、最近ますます女らしくなってきたそうだな。よかったらお前から俺のことを紹介して――」

「ミラはまだ十歳だ。自分の歳を考えろ」


 町の自警団員でもある顔馴染みのおっさん(32歳)もミラを見ていないようだ。


「ん? 何かいるぞ? ミラ?」

「ふぎゃーっ!」

「なんだ、猫か」


 ゴミ箱を漁っていた猫が逃げていく。


 その後もあちこち探し回ってみたが、一向に見つからない。


「アレル、いたか?」

「いない」

「こっちにもいません……」


 小さな町なので、三人で手分けすれば小一時間で目ぼしいところはすべて見終えることができた。


 見逃したところがないか、もう一度見ていくことに。

 もしかしたらどこかに隠れているのかもしれないしな。


 木の上だったり、廃屋の中だったり。

 小さな町でも、そこまで探そうとするとさすがになかなか骨が折れる。


 気づけば日が暮れ始めてきた。

 だがやはりミラは見つからない。

 それどころか目撃情報すらほとんどなかった。


「ここまで見つからないとなると……もしかして町の外に……?」


 だとしたら大変だ。

 町の外には魔物が出るのだ。


 町の周囲は塀で囲われていて、出入り口は北と西の二か所しかない。

 俺は北の門のところへとやってきた。

 ここは一度、父さんが見にきたはずだが、念のためもう一度聞き込みをすることに。


「はい。見かけましたよ」

「本当か?」


 すると門の近くにいた女性から、ミラらしき人物を見たという目撃情報が。


「確か、北の町に向かう馬車に乗ったと思います」

「馬車……?」


 馬車なら護衛が乗っているはずなので、危険は少ないが、しかし今度は別の問題が生じてくる。

 馬車に乗るということは、ちょっと気分転換に町の外に出るようなレベルではない。


「まさか、ミラは旅に出るつもりなのか……?」


 家族に何も言わずに?


「……とにかく、追いかけよう」


 女性によれば、ミラが乗ったという馬車が出たのは午前中のことらしい。

 ということは、教会を出てまっすぐ乗り場のところまで来たのかもしれない。


「マティ。今の話を父さんと母さん、それからライナに伝えておいてくれ」

「へいへい」


 従魔を連絡役として送り出し、俺はその馬車を追いかけることにした。




    ◇ ◇ ◇




 アレルが妹の乗る馬車を追って町を出た後。


 彼にその情報を提供した女性は近くの建物へと入った。

 するとそこで待っていたのは、


「兄様は予定通りミラを追って町を出たです?」


 まさに今、アレルが探している当人――ミラだった。


「はい。こちらの目撃情報をそのまま信じたようです」

「重畳なのです」


 女性が報告すると、ミラは満足げに頷いて、


「では姉様。後のことは任せるです」


 彼女の視線の先にいたのは、姉のアステアだった。

 今やすでに身長を追い越しているので、端から見るとミラの方が姉に見えるだろう。


「う、うむ……だけど、本当に大丈夫なのか?」

「心配ないです。この職業を二年……いえ、一年でマスターしてみせるです。だからそれまでの間、今みたいに配下を使って兄様を引き離しておいてほしいのです」


 実は先ほどの女性はアステアの部下の一人なのだった。


「姉様にとってもアレは邪魔なはずです。姉妹で力を合わせて排除してやるです」

「しかしなぁ……もしアレルにバレたら……」

「証拠なんて残さないです。この職業があれば、それができるはずです」

「だけどたった一年じゃ……」


 姉があまり乗り気ではないことを察したのか、ミラは、


「そういえばベッドの奥で謎の日記を見つけたです」

「ぬああああっ!? ちゃんと捨てたはずなのに!?」

「面白かったので中身を完璧に記憶しておいたです。今から町中に――」

「手伝う! 手伝うからそれだけはやめてほしいのだぁぁぁっ!」


 涙目で叫ぶアステア。

 そんな情けない主君の姿に、配下の女性は若干呆れ顔だ。


「クレハ、いるのだ?」

「ここに」


 アステアが声をかけると、どこからともなく姿を現したのは、忍び装束を着た小柄な東方系の少女だ。

 皇国八将軍の一人で、様々な隠密任務を得意としている。


「というわけで、後はよろしくなのだ」

「……御意」


 結局すべて彼女に丸投げするアステアだった。










「……簡単に言わないでほしい。あの化け物を誘導するのは至難の業」


 クレハは後からこっそりと愚痴を零した。




    ◇ ◇ ◇




 俺はミラの乗ったという馬車を追いかけていた。

 空を飛んでいるので、馬車より何倍も速い。


 途中で追いつけるかもしれないと思ったが、


「もう北の町に着いているのか……?」


 一応、途中で何度かそれらしき馬車を見かけはした。

 しかしそのどれにもミラが乗っていなかったのである。


「町だ」


 やがて北の町に辿り着く。

 規模も人口もフェイノットと大差ない小さな田舎町だ。


 すでに日は暮れてしまっている。

 それでも目撃情報がないか、俺は町の人たちに声をかけていく。


「見かけた?」

「ええ。見ましたよ。でもどこに行ったのかは分かりませんねぇ」


 どうやらやはりこの町に来ているらしい。

 だがそれ以上のことは分からなかった。


「……仕方ない。今日のところは宿に泊まって明日、捜索を再開しよう」




   ◇ ◇ ◇




『ちょっ、クレハ様!? もうこっちに来たんですけど!? 速すぎるでしょ!?』

『だから言った。そいつはヤバいから気を付けるようにと』

『そもそも馬車で二日かかる距離なんですけど!? これじゃ普通に追い抜かれてますよね!? 一応、町人を装って妹が先に着いてる体で嘘情報与えておきましたけど!』

『……気づかれた?』

『いや、そんな感じはなかったですけど……』

『なるほど。たぶん自分が異常すぎて、常識が分からなくなってる。助かった』



――――――――――――

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