第7話 特別扱いはできませんので
北の町で捜索をすること、数日。
時折ミラの目撃情報が入ってくることから、この町にいることは間違いなさそうだ。
なのにどれだけ探しても、まったくミラが見つからない。
向こうも俺が探していることを知って、逃げたり隠れたりしているからかもしれない。
兄としてはショックだ。
だが昔は俺によく懐いてくれていた可愛い妹である。
きっとまた当時のような関係を取り戻せるはずと信じて、俺はミラを追い続けた。
そうして数日。
俺は新たな情報を得た。
「西の町?」
「ええ。確か一昨日くらいでしたか。西の町に向かう馬車に乗るところを見ましたよ」
なんと、すでにこの町を離れてしまったらしい。
俺はすぐに西の町へと向かうことにしたのだった。
こうして俺のミラを追う日々が始まった。
ミラが南に行ったと聞けば南に飛び。
東に行ったと聞けば東へ。
西に行ったと聞けば西へ。
北に行ったと聞けば北へ。
しかし行く先々でミラを見たという証言は得られるものの、なかなか当人を見つけることができないでいた。
『ケケケ、まるでストーカーだなァ――いででででっ!?』
「兄が妹を追いかけるのは普通のことだろう?」
『そうデスね!』
「それよりちゃんと父さんたちに伝えてくれたか?」
『もちろんデス!』
証言から今のところ無事だということは分かっているが、何が起こるか分からない。
なにせまだ十歳の可愛い女の子なのだ。
『……そもそもただの十歳児がこんなに逃げ回れるもんかねぇ』
そして幾つもの町や都市を転々とし、俺は十三か所目となる都市へとやってきた。
ここに向かう馬車に乗ったという情報を得たからだ。
「かなり大きな都市だな」
随分と栄えているらしく、人も多くて活気に溢れていた。
この中から一人の人間を探し出すのは容易ではないだろう。
人が多ければ多いほど、目撃情報も得にくいからな。
「となると……あそこに依頼を出してみるか」
そうして俺が向かったのは冒険者ギルドだ。
冒険者の中には人探しを専門にしている者もいる。
この都市のことは熟知しているだろうし、一人で探すよりずっと効率がいいだろう。
それにもしミラが俺から逃げているのだとしたら、別の人間を使った方がいいはずだ。
「ここか」
大きな都市だけあって、ギルドは立派な建物だった。
五階建てらしく、飲食店や酒場、さらには宿泊施設まで一帯になっているらしい。
「ようこそ冒険者ギルドへ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「依頼をしたいのだが」
俺は受付の女性に妹を探してほしい旨を伝えた。
「ミラさんですか……今お幾つですか?」
「十歳だ。黒髪でとても可愛らしい女の子なんだが」
「……」
なぜか受付嬢が思案気に眉根を寄せている。
「どうしたんだ?」
「いえ……もしかして、その方、見たことあるかもしれません」
「本当か?」
まさか冒険者ギルドの受付嬢から目撃情報を得られるとは思わなかった。
「どこで見たんだ?」
「見たといいますか……実はつい先日、そのミラさんと名乗る女の子が、こちらで冒険者登録をされまして」
「冒険者登録?」
「はい」
ミラがここで冒険者に……?
「だが、ミラはまだ十歳だ。そんな子供でも冒険者になれるのか?」
「制度上は十歳から可能です。ですが試験がありますので、その歳で冒険者になれる人はほとんどいません。ただ、ミラさんは試験を合格されましたので……」
「なんと……」
予想外の事態に俺は驚くしかない。
「……ちなみにミラの職業は?」
祝福を受けたばかりのミラがこんなに早く冒険者になれるのだとしたら、戦闘系の職業の可能性が高いだろう。
それも最上級職かもしれない。
「申し訳ありませんが、そこまでの情報は教えかねます」
「そうか」
ともあれ、ミラが冒険者になったのだとすれば、ここにいると会えるかもしれない。
詳しく訊いてみると、この都市の中には世界最大級といわれているダンジョンがあるらしく、一攫千金を求めて世界中から冒険者たちが集まってくるらしい。
いわばここは冒険者の聖地なのだとか。
となれば、ミラもそのダンジョンに潜っている可能性があった。
「ミラはまだ十歳だぞ! 危険じゃないか!」
「そんなこと私に言われても……」
む、それはそうだな。
「一応、ダンジョンにはパーティでも挑むよう指導していますので、さすがにソロではないかと思います」
「いや、それはない。あのミラが誰かとパーティを組むなんて考えられない」
なにせ俺が知る限り、友達らしい友達が一人もいない子なのだ。
「……」
「違うぞ。ミラはとても優しくて良い子なんだ。だがちょっと周りより成長が早くて、同年代の他の子とは合わないらしい。だから今まで友達ができず、そのせいか何でも一人でやろうとする子になってしまったんだ。きっとダンジョンにもまずは一人で挑もうとするだろう」
受付嬢が少し憐れむような顔をしたので、俺は妹の名誉のためにもしっかりと説明した。
「俺もそのダンジョンに潜りたい」
「でしたら冒険者として登録していただく必要があります。当ギルドが管理しておりますので」
「なに? わざわざ冒険者にならないといけないのか?」
「はい。まず試験の予約をしていただき……そうですね。今ですと、早くても受けられるのは三日後でしょうか」
「三日後? だがすぐにミラを助けに行かないと」
「申し訳ありませんが、どのような事情であれ特別扱いはできませんので」
なんて融通が利かないんだ……。
「最初は浅い階層から挑戦するよう指導していますので、試験に合格しているのなら、そこまで心配はないかと」
◇ ◇ ◇
試験の予約を終えて去っていく青年を見送った受付嬢は、同僚に「お手洗いに行ってきます」と伝え、いったん窓口を離れた。
しかしトイレには行かず、やってきたのは人気の少ない廊下。
そこには冒険者風の格好をした若い女性がいた。
近づくと、無言でカバンを手渡してくる。
女性はそのまま何も言わずに去っていった。
受付嬢はカバンの中身を確認し、笑う。
そこには大量の金貨が入っていた。
「……ふふ、美味しい仕事でしたね」
もちろん彼女はミラという名の十歳児のことなど知らないし、その子が試験を受けて冒険者になったという事実など存在していなかった。
「それにしても……無職が冒険者になろうなんて不可能だと思いますが。まぁ私の知ったことではありませんけれど」
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