第38話 師匠じゃないですか
本当は剣の都市で双子に色んな剣士を相手に実践訓練をさせたかったのだが、復興のためしばらく無理そうだったので、次の目的地に向かうことにした。
「見えてきたぞ。あれが魔法都市だ」
「すごーい! 湖の真ん中にあるよ! きれーだね、アーク!」
「うん、そうだね」
陸船を走らせてやってきたのは、俺が十八、十九の頃に一年ほど滞在していた魔法都市である。
「ここには六つの魔法学院があるんだ」
「六つ?」
「ああ。赤魔法、青魔法、黄魔法、緑魔法、黒魔法、白魔法と、それぞれ専門的に学んでいるんだ」
「へー? なんで一緒にやらないの? ぜんぶいっぺんに学べばいいのにね!」
「……レイラ、お母さんはあまり魔法のことは詳しくないが、あまりそれを街中で言っちゃダメだぞ」
「ママ、どうして?」
そんなことを話しているうちに城門を潜って街の中に入っていた。
「何だ、あの船は?」
「陸を走っているぞ? 魔道具か?」
街の人たちがこっちを物珍しそうに見てくるが、魔法都市だけあって反応は薄めだ。
この手の移動用魔導具は、性能はともかく、この都市なら普通に売られているからな。
「しかし剣の都市が魔族に占領されていたから心配していたが、どうやら魔法都市は大丈夫のようだな」
ここに来る途中で聞いた噂によれば、一度、魔王軍が攻めてきたとのことだったので、剣の都市と同じような状態になっているかもしれないと思っていたのだ。
ただのデマだったのか、それとも撃退したのか分からないが、どうやら杞憂だったらしい。
「まぁそれならそれで魔族を相手にできて良かったんだけどな」
「……よくないと思うぞ」
ライナが半眼になる中、まずやってきたのは赤の学院だ。
「勝手に敷地内に入っていいのか?」
「さあ?」
「さあ、って……」
「俺は結局のところ卒業はしなかったからな。だがまぁ多分大丈夫だろう」
「その大丈夫はまったく当てにならないのだが」
「じゃあ学院長に許可を取りに行くか」
当時と変わっていなければだが、学院長とは面識がある。
彼に話を通せば問題ないはずだ。
「確か、学院長室があるのはあの建物だったな」
そして学院長室に向かったのだが、その途中で警備員に止められてしまった。
「学院長に話があるんだが」
「アポを取っておられますか?」
「いや取ってない」
「学院長先生はお忙しいのです。ちゃんとアポイントを取ってからにしてください」
「どうやったら取れるんだ?」
「事務に行ってください」
ということなので事務室に足を運んだのだが、
「当学院の関係者ですか?」
「今は違う」
「では卒業生ということで?」
「いや、卒業はしていない。一時期通っていたことがあるだけだ」
「退学ですか……それではちょっと難しいかと思います。そもそも学院長先生はお忙しいですし、見ず知らずの人間にいきなり会ったりはされないかと」
「面識はあるんだが」
「それは一方的なものでしょう?」
「そんなことはないぞ。何度か話をしたことがある。向こうも覚えているはずだ」
「……失礼ですが、職業は?」
「《無職》だ」
「お引き取り下さい。というか、そもそも学院の敷地内は関係者以外、立ち入り禁止なのですが?」
「だからその許可を取るために」
「でしたら今ここでご回答を。許可できません」
という感じで、まったく埒が明かない。
「……私の予想通りだがな」
「ママー、レイラ、お腹空いたよー」
「もう少し我慢しなさい」
と、そのとき青年が近づいてきて、
「どうしました? 何かトラブルでもあったのですか?」
「あっ、カイト先生。実はこの方が学院長に会いたいとおっしゃっていまして。ですが身分も怪しく――」
「って、師匠!? 師匠じゃないですか!」
突然、その青年が俺の顔を見て声を上げた。
「……誰? 弟子なんて取った覚えないのだが」
「ちょっ、僕ですよ、僕! カイトです! 忘れたんですか!?」
自分の顔を必死に指さして主張する青年だが、生憎と記憶にない。
いや、待てよ……?
カイト……カイト……どっかで聞いたことがあるような……。
「ああ! もしかしてあの三人組の一人」
魔王都市への道中で出会い、一緒に試験を受けた三人組の中に、生意気盛りの少年がいた。
しかし今はすっかり当時とは雰囲気が変わり、穏やかな印象の青年になっている。
だから気づかなかったのだ。
事務員が恐る恐るカイトに訊く。
「あの、カイト先生……もしかして、この方はお知り合いで……?」
「ええ、そうです。この方、アレルさんは僕の師匠なんです」
「師匠になった覚えはないんだが……」
「僕にとってはあのときから今でもずっと心の師匠ですよ!」
なぜか当時より強い尊敬の眼差しを向けてくる。
「あれから十年かけて必死に魔法の勉強をして、だからこそ、師匠の凄さがより一層、理解できるようになったんです」
「そうなのか。というか、先生って呼ばれてるのか?」
「はは、恥ずかしながら、一応この学院の教授になったんです。もちろんまだまだ師匠の足元にも及ばないんですが……」
カイトは謙遜するように頭を掻いた。
「二十歳で教授になったあのカイト先生が、足元にも及ばないって……」
事務員が信じられないといった目で俺を見てくる。
ともかく、ちょうどよかった。
カイトに頼めば大丈夫だろう。
「え? お子さんたちと一緒にこの学院を見学したい? おおっ、この子たちは師匠のお子さんなんですか! こちらは奥さん? とっても綺麗な方ですね! あっ、もちろん構いませんよ! 師匠なら大歓迎です! ぜひ学院長にも会っていってください!」
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