第46話 赤子同然じゃろう

「へっへっへ、覚悟しろや」

「悪ぃが、じいさんがこの都市のトップにいる方が俺らにとってありがたいんでなぁ」


 俺を取り囲んでいる連中が楽しげに嗤う。


「おっと、そうじゃ。重要なことを訊き忘れておったわい。……あの神話級の魔物や黒いスライム、それにあんな悪魔をどうやって従魔にしたのじゃ? 《調教王》であるこの儂ですら、あれらを配下にすることは不可能じゃ。何かしら世に知られてはおらぬ方法があるのじゃろう」

「ふむ、この状況でそれを訊いてくるとは随分とふざけたジジイだな」

「ほっほっほ。この状況だからこそ、じゃよ。話したくなければそれでもよいのじゃが、あまりお勧めはせぬな。あまり痛い思いをしたくはないじゃろう?」


 別に隠すようなことではない。

 俺は言った。


「戦って倒してから隷属魔法を使った。それが俺なりの〝調教〟だ」


 じいさんの皺くちゃの口がぽかんと開く。


「は?」


 それから眦を吊り上げて、


「……ほっほっほ。つまらぬ冗談はやめた方がよいぞ? 先日のことで、温厚な儂も少々気が立っているところがあるからのう。簡単には死ねなくなるかもしれぬぞ?」

「本当の話だ」

「そんなわけがあるか! 倒せるはずもなければ、調教師が隷属魔法を使えるわけもなかろう! ……ふん、まあよい。その強情さ、すぐに後悔することになるじゃろう。おい、やれ」


 じいさんが顎をしゃくると、手下の一人が無造作に近づいてきた。

 そして腕を振りかぶり、殴りかかってくる。


 パシッ。


「なっ?」


 拳を受け止めた。

 指一本で。


「て、てめぇっ……?」


 強引に拳を押し込もうとしてくるが、俺の指はビクともしない。


「ふむ、蝿でももう少しパワーがあると思うがな」


 手首を掴み、放り投げる。

 数人を巻き込んで店の壁まで吹っ飛んでいった。


「な、なんだこいつ?」

「すげぇ力だぞっ?」


 狼狽える手下たちを、じいさんが一喝した。


「何をしておる! とっとと痛めつけて動けなくしてしまえ!」


 その声で一斉に襲い掛かってくる。

 だが明らかに戦い慣れていない素人たちだ。

 俺の敵ではなかった。


「ぐ……馬鹿な……」

「聞いてねぇぞ……」

「ほ、本当に調教師なのか……?」


 ものの数十秒で立っているのは俺とじいさんだけになった。


「ちっ、使えない奴らめ! やはり人間はダメじゃ! おい、ライオ!」

「承知」


 店の奥から現れたのは、先日マティが倒した五体の悪魔のうちの一体だった。

 二足歩行の獅子といった姿で、身の丈は二メートル以上あり、全身は鎧のような筋肉に覆われている。


「ほっほっほ! 念のためこやつを連れてきておいてよかったわい。調教師のくせに多少は腕に覚えがあるようじゃが、悪魔相手には赤子同然じゃろう」


 獅子の悪魔ライオが飛びかかってきた。

 鋭い爪を有した剛腕が迫る。


 ズバッ。


 その腕がぐるぐると宙を舞って床に落ちた。

 血が噴き出して辺りを赤く染める。


「ガアアアアアアッ!?」


 悲鳴を上げるライオ。


「き、貴様っ、何をしたっ!?」

「手刀で斬った」

「そんなことができるわけなかろう!」

「見えなかったのか? ならもう一度やってやろう」


 床に転がって苦しむライオに近づくと、左腕を刃物の形にして振り上げる。

 先ほどよりゆっくりと手刀を放つ。


 ズシュアッ。


「アアアアアアアアアアッ!?」


 今度は左腕が切断された。


 ふむ、どうやら同じ悪魔といっても、全員がマティのようにダメージを受けたら身体が縮んでいく性質があるわけではないらしい。

 つくづく謎の多い種族だな。


「な、な、な……」


 じいさんは顎が外れそうなほど口を大きく開けている。


「い、一体貴様は何者じゃっ!? なぜそんなマネができる!?」


 と、そこへライオの身体から魔力が膨れ上がった。

 いかにも肉体派といった見た目だが、悪魔だけあって魔法も使えるらしい。


 直後、強烈な雷撃が飛んできた。

 緑魔法の一種だ。


「リフレクト」


 俺は光魔法の一つ、魔法を反射する魔法を発動する。


 ズバァァァンッ!


「ガアアアアアアアアアアッ!?」


 自らが放った魔法に焼かれ、悪魔はその場に崩れ落ちた。


「ば、ば、馬鹿なっ……調教師が上級悪魔を倒したじゃと……?」

「さて、あとはあんただけだぞ」


 俺はじいさんに近づいていく。


「ま、ま、待つのじゃ! か、金なら幾らでも出そう! 言い値でよい! だからキングテイマーの座を儂に返してくれないか! そうすれば今後、ずっと貴様――いや、貴殿に儂が稼いだ金の半分を上納し続けることを約束する!」


 鼻水を垂らし、口から唾液を散らしながら叫ぶじいさん。


「し、知らなかったのじゃ! 貴殿がまさか、かの伝説の【超級職】――《調教神》であったなんて!」

「……《調教神》?」

「儂は眉唾だと思っておったのじゃ! 自身の圧倒的な戦闘力でどんな魔物でも屈服させ、服従させてしまうことができるなど、調教師の概念を超越し過ぎておる! じゃがあの神話級の魔物や悪魔を引き連れた貴殿を前にして、儂ははっきりと理解した! それはすべて真実であったのじゃと!」


 ……ふむ。

 どうやらこのじいさん、盛大な勘違いをしてしまったようだ。


「は、半分がだめなら三分の二でもよい! 悪い話ではないじゃろうっ!?」


 必死に懇願してくるじいさんに、俺ははっきりと言った。


「別にお金なんか要らない。だがキングテイマーの座なら返してやろう」

「ほ、本当かっ?」

「ただ金輪際、他人を蹴落とすような真似はやめると誓え」

「そ、それは……」


 俺はじいさんの胸ぐらを掴み上げた。


「い・い・な?」

「は、はひっ」


 手を離すと、じいさんはへなへなとよろけて床に尻餅をついた。


「それともう一つ」


 恐怖で引き攣った顔をして、じいさんはビクリと肩を震わせる。


「俺は《調教神》なんかじゃない。ただの《無職》だ」

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