第45話 新チャンピオンの誕生だ

 じいさんの強制命令を受けてマティに襲いかかった悪魔たちだったが、一瞬で返り討ちに遭ってしまった。


 ……ふむ、思っていたより弱かったな。

【最上級職】の《調教王》の魔物だし、もうちょっとやれるかと思ったのだが。

 神話級の魔物でも倒せると息巻いていたが、一体どこからくる自信だったのだろう。


『しゅ、瞬殺……な、なんと、キングテイマーの魔物たちが、僅か数秒で倒されてしまった……! しかも、相手は一体だけ……! これまで長きに渡って頂点に君臨し続けてきたキングテイマーが、こんなにも簡単に陥落させられてしまうなど、一体誰が予想しただろうか……っ!』


 先ほどまで大歓声だった会場が、今は水を打ったような静寂に包まれていた。

 だが次第にそこかしこで拍手が起こり始め、やがて大歓声が戻ってくる。


「新チャンピオンの誕生だ!」

「キングテイマー・アレル!」

「こりゃあ、今回も長期政権間違いなしだぞ!」


 じいさんは顔を俯け、ぶるぶると震えていた。


「……こんなことが……あり得ぬ……儂の魔物たちが手も足も出ぬとは……」


 よほどショックだったのか、充血した目は今にも飛び出しそうで、顔中の血管が浮き出している。

 あまり血圧を上げ過ぎると年齢的に危ないぞ。


 マティがこっちに戻ってきた。


「む?」


 いや、様子がおかしい。


「ククク、オレ様がいつまでも大人しくテメェの従魔なんざやってると思ったか?」

「ふむ?」

「ふむ、じゃねーよ、クソ野郎が」


 マティは戦意を露わに俺を睨みつけてくる。

 と、そこで俺は異変に気づく。


「隷属魔法が解除されている?」

「ギャハハハッ! ようやく気づいたか! 本来の力さえあれば、テメェの隷属魔法を解くことくらい訳ねェんだよッ! このオレ様を甘くみちまったなァ!」


 マティの自由を縛っていた隷属魔法がいつの間にか解かれてしまっていた。

 今のマティはリードを外した犬と同じ状態だ。


「あのときは覚醒直後でついつい不覚を取っちまったが、今ならああはいかねェぞ。今度こそテメェをぶっ殺して――といきたいところだが、さすがにそいつらとテメェを同時に相手取るのはオレ様でもキツイしなァ。ったく、余計なのを増やしやがってよ」


 マティはベフィたちを見ながら吐き捨てるように言う。


「だがな、いつか必ずこの借りを返してやるから覚えてやがれ!」


 そしてそう言い残すと、翼を広げて空へと飛び去っていってしまった。


「マティ、ハウス」


 直後、マティが空から猛スピードで降ってくる。


「ギャアアアアアアアアアッ!?」


 そのまま地面に叩きつけられた。


「ど、どういうことだ……?」


 砂塗れになりながら呻くマティへ、俺は教えてやった。


「隷属魔法をこっそり二重でかけておくことくらい訳ないぞ。俺を甘くみたな。というわけで、これからもよろしく」


 マティは一瞬で五体投地の体勢になった。


「すいませんでしたご主人サマァァァァァッ!」



     ◇ ◇ ◇



 キング・テイマー・カップが終わって数日後。

 俺はある人物に呼び出され、魔物都市内にあるとある店へとやってきていた。


「随分と穴場なところにある酒場だな」


 薄暗い階段を下りていった先にあった店内は、しかし高級感の漂う立派なものだった。


「おお、よく来てくれたの」


 店の奥で立ち上がり、気安そうに声をかけてきたのは先日俺に敗れたじいさんだ。

 他に客はいない。


「今日はここを貸し切っておるのでの。これならお主も気兼ねなく色々と話せるじゃろう」

「ふむ、それが俺を呼び出した理由か?」

「ほっほ、そうじゃそうじゃ」


 俺はじいさんのところまで歩いていく。


「お酒は飲めるかの?」

「あまり飲まないが飲めないこともない」

「せっかくじゃし、好きな物を頼むがよい。ここの酒は美味いぞ」


 そう言いながら店員を呼ぶような雰囲気でじいさんは手を上げた。

 しかし店内にそれらしき人物は見当たらない。

 客どころか店員すらもいないのだ。


 ――それ以外の気配はたくさんあるのだが。


「もっとも、その前にぜひ味わってもらいたいものがあるがのう?」


 じいさんがニヤリと口端を吊り上げた直後、店内の各所に潜んでいた者たちが次々と姿を現した。

 そして俺の周囲を取り囲む。


 明らかに店員や客という雰囲気ではない。


「……ふむ、一体どういうことか説明してもらおうか?」


 問うと、好々爺然とした仮面の奥から、じいさんの邪悪に満ち満ちた本性が顔を出した。


「ほっほっほ! 調教師としては天才でも、頭の方はさっぱりのようじゃのう。それにまさか本当に魔物を一体も連れて来ぬとは! 強力な魔物と違い、自らは脆弱な普通の人間でしかない調教師にとって、それこそが最大の弱点であることを理解しておらぬのか。馬鹿にもほどがあるのう! ほっほっほ!」


 じいさんに呼応するかのように、俺を取り囲んでいる連中も嗤い出す。


「なぜこの儂がこの何十年もの間、キングテイマーの座に座り続けてきたか分かるかの?」


 突然そんなことを聞いてくるじいさん。

 しかし俺が答える前に続けた。


「その秘訣は至って簡単じゃ。才能のある調教師を排除すればいいのじゃよ。儂と同格の【最上級職】などが現れては儂の地位が危ういからのう。その前に芽を摘んでおくのじゃ」


 だからこの都市には【最上級職】がこのじいさんしかいなかったのか。

 最悪な老害だな。


「正直この都市を掌握してからはそれほど難しいことではなかったわい。――貴様が現れるまではのうッ!」


 じいさんは忌々しげに顔を歪めて叫んだ。

 それから怨念の籠った目を俺に向けつつ、口だけが笑みの形になる。


「本来なら大会前に殺しておくべきだったのじゃが、致し方がないのう。なぁに、安心するがよい。死体はちゃんと故郷に帰してやるからの」


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