第44話 悪魔には悪魔を

「〈調強〉は単に魔物を従えるだけの〈調教〉とは違う。従魔を強化することができるスキルなのじゃ。ゆえに当然、儂の魔物たちは皆、野性種よりも強い」

「ふむ」

「ここにいる悪魔たちも同じじゃ。こやつらはただの上級悪魔ではない。今や爵位持ち悪魔にも相当する力を持っておる」


 じいさんはそう言って、自信ありげにほっほっほと笑う。

 それから急にその目を鋭くして、


「相手が神話級の魔物だろうが、関係ない。調子に乗った若造(クソガキ)の鼻を明かしてくれることじゃろう」


 その宣言に、会場が湧いた。


『なんとキングテイマーの勝利宣言だぁぁぁっ! この戦い、過去初めてキングテイマーのオッズが挑戦者のそれを大きく下回るという屈辱的な予測をされていたが、やはりキングテイマーが王者の力を見せつける展開となるのかっ!』


 じいさんが杖を軽く持ち上げると、それを合図に五体の悪魔たちが前に出てくる。


「ふふふ、わたくしたちの力を坊やに見せてあげますわ」

「神話級、相手にとって不足無し」

「ワレワレ、ショウリ、スル」

「ふしゅー、ふしゅー」

「……」


 しゃべれる者もいるらしい。


「どうやら早く戦いたくて待ち切れぬようじゃな。早く始めてしまおうぞ」

「ああ、こっちも準備万端だ」

「……おかしいのう? ではなぜ魔物を後ろに控えさせておるのじゃ?」

「よく見てみろ。ちゃんといるだろう」


 と、そこでようやくじいさんはその存在に気づいたらしい。


「ったく、何でオレ様がこんなことを……」


 忌々しそうに吐き捨てながら、マティは五体の同族たちと相対していた。


「順番だ、順番」

「……へいへい、了解しました、ご主人サマ」


 じいさんが眉根を寄せた。


「……まさか、その低級悪魔をこやつらと戦わせる気ではないだろうの?」

「目には目を、歯には歯を、悪魔には悪魔を、ってやつだ」

「ほっほう、随分と舐めらたものじゃのう。しかも見たところ一体しかおらぬようじゃが? もしかして老眼かのう?」

「安心しろ。ちゃんと見えているぞ」


 五体の悪魔たちがマティを見て嘲笑う。


「あらあら、可愛らしい同族だこと」

「脆弱さ、羽虫のごとし」

「ハタイテ、オワリ」

「ふしゅー、ふしゅー」

「……」


 何を考えているのか分からない奴もいるが。


「ところでご主人サマ。まさかこのままで戦えとおっしゃるわけではありまセンよね?」

「心配するな。ちゃんと元の姿にしてやる」


 さすがにあのままの姿では戦えないだろう。

 俺はマティを縛っていた力の制限を解いた。


 直後、マティが本来の力と姿を取り戻す。


 見た目は二十代前半くらいの人間の男。

 線の細い身体つきに、真っ白い肌。

 黒い髪は天に反逆するかのように鋭く逆立っており、瞳は赤みを帯びていた。


『こ、これは……!? ただの低級悪魔かと思われた従魔が真の姿を現したぁぁぁっ!? やはりアレル調教師の従魔! 見た目に騙されてはいけないようだぁぁぁっ!』


 変わったのはもちろん見た目だけではない。

 マティの全身から溢れ出るのは膨大な魔力。

 それに気圧されたように、五体の悪魔たちが一歩後ずさった。


「なっ……こやつも上級悪魔だというのか……?」


「し、心配は要りませんわ」

「何者だろうと、打ち倒すのみ」

「コチラ、ユウリ、カワラナイ」

「ふしゅー、ふしゅー」

「……」


「ククク、爵位持ちに相当する、ねェ。そうだなァ、まぁせいぜいが男爵、よくて子爵ってとこか……だがなァ――」


 マティはその赤い目でじろりと五体の悪魔たちをねめつける。


「――この正真正銘の悪魔マスティマ様からすりゃあ、テメェらなんざ低級悪魔も同然なんだよォッ!!」

「「「~~~~っ!?」」」


 マティが怒声を上げ、五体の悪魔たちが慄いた。

 先ほどまでの自身に満ちた様子はどこへやら、ガクガクと震え出す。


「オイオイ、図が高いぜェ、テメェら?」


 悪魔たちは慌ててその場に膝をついた。


「ギャハハハハッ! どうやら理解したようだなァ! これが格の違いってモンだぜェッ!」


『な、なんと、キングテイマーの従魔たちが服従させられたッ!? 信じがたい光景だッ! 一体誰がこんな展開を予想しただろうか!? たった一体の同族相手に、あのキングテイマーの、あの最強の悪魔たちが、戦わずして己の敗北を認めてしまったというのかぁぁぁっ!?』


 騒然となる観客席。


「こ、侯爵級って、マジ……?」

「いやいや、さすがにそんなのがこんなところに居るはず……」

「そもそも本当に悪魔に爵位なんてあんのか……?」

「ナントカって冒険家の探検記にそう書いてあるらしいけどよ……」


 じいさんがわなわなと皺くちゃの唇を震わせ、従魔たちを叱責する。


「な、何をしておるのじゃっ? キングテイマーたるこの儂の顔に泥を塗るつもりかっ?」

「「「……」」」


 しかし悪魔たちは返事すら返さず、マティを前に跪いたままだ。


「っ……こうなったら、アレを使うしかないのう。まさかいきなり奥の手を使わされるとは思わなかったわい」


 じいさんは憎々しげに顔を歪め、叫んだ。


「〈調教王威〉! さあ、あの悪魔と戦え!」


 突然、悪魔たちが何かに突き動かされるかのように立ち上がった。

 かと思うと、一斉にマティへ躍り掛かっていく。


「ほっほっほ! 従魔を強制的に動かす《調教王》のスキルじゃよ! ついでに一時的に能力を大幅に強化してくれるという一石二鳥! もっともその反動は大きいがのう!」


 なるほど、姉さんが使っていた〈天命〉タイプのスキルか。

 だが――


「ハッ! 無駄だァ! せいぜい低級が中級になったところで、この絶対的な差は埋まらねェんだよォッ!」

「「「~~~~~ッ!?」」」


 ――一瞬で返り討ちに遭った。

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