第11話 僕が倒すから

 地下室に入って真っ先に目に入ったのは、悍ましい化け物だ。


 蜥蜴の頭に、毛深い巨躯。

 足は鳥のようだし、蟷螂のような鎌があったり、魚の尾鰭のようなものがあったりと、どう見ても既存の生物だとは思えない。

 しかも人間のものと思われる顔や腕、足なんかがあちこちから生えている。


 たぶんキメラだ。

 ただ、こんな融合の仕方で生きているはずはなく、アンデッド化して無理やりくっ付けたような形だろう。


 そしてこのアンデッドキメラを操っているのが……あいつか。


 皺くちゃの老人だ。

 腰が曲がっているのもあるけれど、きっとそれがなくても僕より背が低いと思う。


 ゴブリンみたいな醜い容姿。

 前世で見たSF映画にこういうクリーチャーがいたなぁ。


「ほっほっほ、誰かと思えば子供ではないか」


 そいつが僕の方を向いて笑う。


「あんたがアンデッドを操ってる死霊術師だね」

「……ほう? 貴様、なぜそれが分かる? いや、ただの子供の出任せか。それにしても、こやつを見て逃げぬとはなかなか面白い子供じゃのう」


 そのとき部屋の奥から悲鳴じみた声が聞こえてきた。


「こ、ここは危険よ! 逃げて……っ!」


 僕は思わずドキリとしてしまった。


 そこにいたのは銀髪の女の子。

 たぶん、まだ十歳かそこらだろう。

 前世で言うなら小六とか、中一ぐらい。


 この死霊術師に襲われていたのか、恐怖で顔が青ざめているけれど、それでも色あせないくらいに可憐な美少女だ。

 もし学校にいたら男子生徒たちを虜にしているに違いない。


 それに自分の身が危ういこの状況で、他人のことを心配し、声を震わせながら叫んでいる。

 きっと心の優しい子なのだろう。


「何をしているの!? は、早く逃げなさい……っ!」

「あ」


 つい見惚れてしまっていた。

 せっかくの彼女の正義を無駄にしてしまうところだった。

 もちろん逃げる気なんてないけど。


「大丈夫、僕が倒すから」

「ほっほっほ、面白いことを言うのう。こやつは儂の傑作の一つじゃ。貴様のような子供など一捻りじゃわい」


 死霊術師の命令を受け、アンデッドキメラが躍りかかってきた。


 繰り出される蟷螂の鎌。

 それを身を低くして躱すと、僕は反撃の剣をお見舞いする。


 アンデッドキメラの胴部を深く斬りつけるも、しかしまったく効いている様子はない。

 それどころか巨人族めいた剛腕を振るい、殴りかかってくる。


「っ!」


 飛び下がって回避しようとしたら、いつの間にか足に蛇が巻き付いていた。

 アンデッドキメラの股間から伸びる蛇だ。気持ち悪い。


 迫りくる拳。

 僕は無理やり蛇を後退し、それを避けた。


 身体のバランスが悪いせいか、空振りしたアンデッドキメラは大きく態勢を崩す。

 その隙を突いて、僕は連撃を叩き込んだ。


「貴様っ、剣士なのか!? いや、そもそもまだ祝福を受けてないはずっ……」


 職業がなくても剣ぐらい使えるけどね。


 全身を斬り刻まれながらも、アンデッドキメラは何事もなかったかのようにその場に立っている。

 やっぱり物理攻撃はあまり効かないみたいだ。


 しかも傷口が内側から盛り上がってきた肉で塞がれていく。


「ほっほっほ! 無駄じゃ、無駄じゃ。幾ら攻撃しようと、こやつを倒すことはできぬ」

「できないことはないと思うけど……まぁでも、あんたをやった方が早そうだね」

「っ!?」


 僕は〝神足通〟を使い、死霊術師の背後へと回っていた。

 こいつを倒せばアンデッドキメラも力を失うだろう。


「や、やめ――」


 ズシャッ!


 死霊術師の首が飛んだ。

 くるくると回って地面に落下する。


「き、貴様ァ……」


 どうやら首を斬られた程度では死なないようだ。

 たぶんこいつ自身がアンデッド化しているのだろう。


「ま、待てっ、待ってくれ……っ!」


 怨念の籠った目でこっちを睨みつけていたけれど、トドメを刺そうと近づいたら急に狼狽え始めた。


「わ、儂は元々人間じゃ! 本当はこんなことしたくはなかったのじゃ! だが恐ろしい魔王に命令されて……。お、お願いじゃ! 儂はもう金輪際、魔王軍とは関わらぬ! だから命だけは助けてくれ!」


 涙目になって懇願してくる。

 命だけはって、どうせすでにアンデッドだろう。


 と、そのときだ。

 先ほどのアンデッドキメラが飛びかかってきた。


 振るわれた鎌を咄嗟に躱す。

 そうして距離が開いた隙に、アンデッドキメラの身体から生えた腕の一つが死霊術師の髪の毛を掴んだ。


 そのまま頭部を抱え、アンデッドキメラが逃げていく。


「ほっほっほ! 今日のところは撤退といこうかのう!」


 もちろんそれを許すはずもない。


「ホーリークロス」

「~~~~~~ッ!?」


 浄化の光がアンデッドキメラを焼く。


「な、何じゃと!? 貴様、なぜ浄化魔法を使える!? しかもその威力……っ!」


 鳥足を狙ったことでバランスを崩し、アンデッドキメラがひっくり返った。

 その拍子で再び地面を転がる死霊術師の首。


「ま、待っ――ギャアアアアッ!」


 今度は懇願の言葉を吐く前に、浄化の光を浴びせながら踏み潰した。


 アンデッドキメラの身体が崩壊していく。

 どうやら無理やり魔法で融合させていたらしく、死霊術師が死んだことで維持できなくなったのだろう。


 これでもう新たなアンデッドが生まれることはないはずだ。

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