第14話 兄様のばか

 ばちーん、ばちーん、ばちーん。


「ぎゃあああっ、母ちゃん、もう許してぇぇぇっ!」

「うふふ、どうしましょうかねぇ? ちゃんと反省して、もう二度とアレルにちょっかいを出さないと誓いますか?」


 ばちーん、ばちーん、ばちーん。


「そ、それは……それは嫌なのだ! なぜならアレルは生まれたその瞬間から、あたしと結婚するのが運命だったのだ!」

「どうやらもうちょっと強くする必要がありそうですね?」


 ばちーん! ばちーん! ばちーん!


「ひぎゃうっ!? み、みんなが見てるのだっ! あたしはもう子供じゃないんだぞっ!?」

「うふふ、だったら早く精神的にも成熟しましょうね?」


 ばちーん! ばちーん! ばちーん!


 先ほどから響き渡る「ばちーん」という音は、《剣神》ファラが《女皇》アステアのお尻を叩く音だった。


「陛下……」

「うわぁ……」


 配下たちの前でお尻を丸出しにし、母親にお仕置きされる。

 まさに羞恥プレイの極致だろう。


「いい加減、!」


 ばちーん! ばちーん! ばちーん!


「えっ、ちょっ、何で〈天命〉が効かないのだっ!?」

「当然ですよ。母の愛はスキルになど縛られません」

「意味が分からないのだぁぁぁぁっ!」


 ばちーん! ばちーん! ばちーん!


 ちなみに皇国八将軍四人をも含む彼女の配下たちは、自らの主君がお尻ぺんぺんされているというのに、それを傍観することしかできないでいた。

 なぜならすでに《剣神》ファラによって完膚なきまでに敗北し、心が折れていたから。


 しかも本日二敗目である。


(((あの弟君といい、この母君といい、陛下のご家族はヤバイ……絶対に手を出したらダメなやつや……))))


 この日、その教訓が彼らの胸に深く刻まれたのだった。




    ◇ ◇ ◇




「ただいま、父さん」

「おお、アレルか。お帰りなさい」


 俺がようやく実家に帰ってくると、父さんが迎えてくれた。

 街を取り囲んできた皇国軍はいなくなっていたので、たぶん撤退したのだろう。


「母さんは?」

「か、母さんならちょっと用事があってな……」


 なぜか目を逸らしながら言う父さん。


「まぁ、そのうち帰ってくるだろうから心配しなくていい」


 そりゃ母さんのことだ。

 心配などする必要はないだろう。


「ライナはどうしたんだ?」

「ああ、ライナちゃんなら修行の仕上げとやらでしばらく出かけている」

「修行の仕上げ?」

「ダンジョンに潜っているらしい」


 なるほど、ダンジョンか。

 実戦を積むための場としてあそこは非常に優れているからな。


「戻ってきたらまたお前に挑むと言っていたぞ。毎日母さんと頑張っていたし、きっと相当強くなっているはずだ。母さんも太鼓判を押しているくらいだしな」

「ふむ、それはなかなか面白そうだ。いいだろう、受けて立とう」

「……」

「? どうした、父さん?」

「いや、その…………な、何でもない」


 何か言いたそうだったのだが?

 変な父さん。


 と、そこで俺は実家に帰ってくるにあたって、最も気がかりだったことを切り出す。


「……ところで、父さん」

「っ……!」


 まるで「待ってました!」とばかりに、なぜか父さんのパッと表情が明るくなった。


「ミラはどうしている?」

「っ……(しょぼーん)」


 なぜか今度は一気に父さんの表情が暗くなった。


 まさか、ミラの身に何かあったのだろうか……?

 そういえば俺が帰ってきたというのに、出てくる気配もない。


 俺が黙って出て行ってしまったことで怒っているのではないかと思っていたが、もしやそれが原因で病気か何かに――


「……ミラなら二階の自室にいるはずだ。もちろん普通に元気にしているぞ」


 どういうわけか拗ねたような父さんの返答に、俺は胸を撫で下ろした。

 よかった。


 すぐに二階に上がろうとすると、背後から父さんの呟く声が聞こえてきた。


「母さんのときは勝負したのに、父さんとはしてくれないのか……」


 いや、そんなことで拗ねなくてもいいだろう。

 そもそも剣と違って、俺と父さんが本気で魔法戦をしたら周囲に甚大な被害が出るぞ。




 トントン。


「ミラ、俺だ。兄さんだ。帰って来たぞ」


 ミラの部屋の前でノックしてみたが、中から返事はない。

 ただし人がいる気配はあった。


「ミラ、いるんだろう? ……入るぞ?」


 鍵はかかっていないようだったので、俺はドアを開けて中に入った。


 妹はこちらに背を向けてベッドの上に座っていた。


「ミラ?」

「……」

「元気にしてたか?」

「……」

「悪かったな、何も言わずに出て行って」

「……兄様のばか」


 ようやく返事をしたかと思ったらそれだった。

 どうやらかなり怒っているようだ。


「謝るから機嫌を直してくれ」

「兄様のばか」

「ほら、せめてこっちを向いて、兄さんに可愛い顔を見せてくれ」

「…………兄様のばか」


 にべもない。

 俺の方を向いてくれる気配もないし、これは本格的に嫌われてしまったかもしれない。


 無理に許してもらおうとしてもかえって逆効果だろう。

 俺は仕方なく部屋を出た。






「どうしたものか」


 我が家の風呂で寛ぎながらも、俺は頭を悩ませていた。


 可愛い妹に嫌われてしまった。

 幼い頃からずっとべったりだったのに。


 今も俺は一人で風呂に入っている。

 やはりミラはもう俺と一緒に風呂にも入りたくないらしい。


 と思っていると、浴室の扉が開いて、ミラが入ってきた。


「ミラ?」

「兄様のばか」


 口を膨らませてそう言いながらも、ミラは浴槽に浸かって俺の隣に腰を落ち着けてくる。

 ただし背中を向けたままだ。


「ミラ、兄さんを許してくれるのか?」

「兄様のばか」

「ミラ」

「兄様のばか」

「ミラ」

「兄様のばか」

「ミラ」

「兄様のばか」


 結局、ミラは一言も口を効いてくれなかった。


 その夜、俺が寝ようとするとミラが部屋に入ってきた。


「ミラ?」

「兄様のばか」


 そして俺のベッドへと潜り込んでくる。

 だが相変わらずこっちに背中を向けたままだ。


「ミラ」

「兄様のばか」

「ミラ」

「兄様のばか」

「ミラ」

「兄様のばか」


 やはり本当に嫌われてしまったようだ……。


『……どう考えても単に拗ねているだけだと思いますケド?(ボソッ)』

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