第24話 大人げねぇ

 赤の学院では、セカンドグレードに進級できるようになった。

 どの研究室に入るかはこれから決めるとして……


「進級試験を受けさせてくれ」


 青の学院での授業後、俺は講師にお願いしてみた。


 学院ごとに細かい規則が違ったりするが、こちらでも赤の学院と同じように、教員の推薦を受ければ、すぐに進級試験を受けることができるかもしれない。

 正直、青の学院の授業内容も俺には聴く必要のないものばかりだしな。


「……何を言っているんですの?」


 じろり、と睨みつけられた。


「進級試験は年に一度。一年間の課程を修了した後に受験するものだと、ガイダンス等で聞いていなかったんですの?」

「もちろん覚えている。だが、教員が認めれば、すぐにでも受験することができるのではないのか?」

「それはよほどの成績優秀者だけの話ですわ! めったに授業に出てこないというのに、あろうことか進級試験? 笑わせてくださいますわね?」


 ちなみにこの講師、青の学院の入学試験を担当していた女性である。

 名前は確か、ヘンゲルだったか。


「ではどうすれば認めてくれるんだ?」

「まずはちゃんと授業に来ることからですわね」

「ふむ、それは本末転倒だ。出る意味のない授業に出ないで済むために、進級しようと思っているのだからな」

「……なんですって?」


 ヘンゲルの眦が釣り上がった。


「言うに事欠いて、あたくしの授業が出る意味ないですって……?」

「俺のレベルには合っていないということだ」

「っ……どこまで生意気なんですのっ……」


 こめかみに血管を浮かばせながら、ヘンゲルはその細く長い指を俺の顔へと突きつけてきた。


「だったら、あたくしが見極めて差し上げますわ……! あなたが進級試験を受けるに相応しいかどうかを……!」


 つまり、進級試験を受けることができるようになるための試験を受けさせてくれるということか?

 少々まどろっこしいが……まぁどちらも合格すればいいだけだ。






 それから俺は彼女に連れられて、訓練場へとやってきた。


「ねぇ、補習か何か?」

「いいえ、進級試験を受けるらしいわ」

「正確にはその資格があるか、これからヘンゲル先生が確かめるみたいよ」

「え? あの人、いっつも授業サボってるのに?」

「そもそも、まだ一年でしょう? 二年生ですら合格率が半分を切るって話なのに」


 授業直後だったためか、ヘンゲルとのやり取りを聞いていた生徒たちまで付いてきていた。

 見学するつもりらしい。

 その中にはなぜか達観したような顔をしたクーファの姿もある。


 訓練場の真ん中で、俺はヘンゲルと向かい合う。


「何をするんだ?」


 問うと、ヘンゲルはどこか楽しげに口端を吊り上げて、


「あたくしが直接、相手をして差し上げますの。覚悟はいいですわね?」


 どうやら模擬戦をするようだ。


「つまり、戦って勝てば良いということだな」

「っ……何を言っているんですの? まさか、この学院の実技教員であるあたくしに勝てるとでも?」

「やってみないと分からないが、たぶん勝てるんじゃないか?」

「どうやら思っていた以上に自惚れているようですわねっ……。いいですわ、そこまで自信があるというのなら、あたくしに勝つことを条件にしてあげますわ!」


 傍観していた者たちがざわめく。


「おいおい、あいつ何であんなに煽ってんだよ?」

「幾らなんでも教師に勝てるわけないだろ」

「しかもヘンゲル先生、次の《魔導王》に最も近い存在って言われてるらしいぞ」


 俺とヘンゲルはおよそ十五メートルの距離を置いて立つ。

 魔法使いの伝統的な決闘のルールに由来するらしいが、模擬戦の際にはこうしてお互いが一定の距離を取ってから開始するのが一般的だという。


 武器の使用は禁止。

 接近しても良いが、殴ったり蹴ったりといった物理的な攻撃も禁じられている。


 相手の加護をすべて削り取れば勝ちだ。


「けど、さすがに生徒相手に本気は出さないだろ」

「そりゃそうか」


 そして試験が開始し、


「このあたくしを相手に大言壮語を吐いたこと、後悔するがいいですわ。――アイスストーム!」


 直後、ヘンゲルは上級魔法を放ってきた。


「あら、ごめんなさいまし。ちょっとだけ強すぎたかしら?」

「「「いやいやいや、思いっ切り全力じゃねぇか!?」」」


 見学者たちの声が上がる中、氷礫を含んだ猛烈な寒風が押し寄せてくる。


「魔法による模擬戦のもっとも基本的な戦法は、開始前に術式を組んでおいて開始と同時に強力な魔法で一気に片を付けること。ぜひ覚えておくといいと思いますわ?」

「「「大人げねぇ……」」」

「何か言いましたの?」

「「「何でもありません」」」


 なるほど。

 別に開始前から術式を組み始めておいても構わないのか。


「って、氷漬けになってしまったら、あたくしのせっかくのアドバイスも聞こえな――っ!?」


 吹雪が収まり、ヘンゲルが目を剥いた。


 俺は無傷で、加護はまったく減っていない。

 アイスストームの直撃を受ける前に、俺はアイスシールドの魔法を発動。

 全方位を取り囲む氷の結界が俺を保護してくれたのである。


 パリンッ。


 氷の壁を蹴破って外に出る。

 当てが外れて、ヘンゲルが少々忌々しそうに顔を顰めた。


「……あれだけの大口を叩いたんですもの、今の攻撃くらい防げて当然ですわ」

「まぁ一応、可能性はあるだろうと警戒していたしな」


 万一それで失格にされては馬鹿らしいと思って、俺の方はやめておいただけだ。

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