第25話 やがてそれは公然の事実となって
「舐めやがって……」
「俺たちC級なんざ、一人で十分ってか……」
「……いいだろう、全力で叩き潰してくれる……」
俺以外の七人が殺意の籠った目でこちらを見ている。
……なぜそんなに怒っているのだろうか?
「ふむ? お互いにとって利益のある提案だったと思うのだが? 実力差があり過ぎては何の経験にもならないからな。そんな無駄なことに時間を使うくらいなら、個人で訓練していた方がいい」
「このガキっ……」
「俺たちと戦うのが時間の無駄だとっ!?」
……むう、かえって怒ってしまったようだぞ。
なぜだろう?
そうか。
俺と対戦しても何も得ることはないだろうが、彼ら同士なら実力が拮抗しているだろうし、それなりに良い戦いになったかもしれない。
彼らはその機会すらも奪われたことを怒っているのだ。
俺は自分のことしか考えていなかったな。
「分かった。では俺は手加減することにしよう。そうすればお前たちにとっても、多少は有意義な時間になるだろう」
これなら文句ないはずだ。
正直、本気を出すより加減する方が大変なのだが、当初の対戦形式を直前で変更し、彼らを巻き込んでしまったことへの埋め合わせと思えばいい。
「手加減だと!?」
「ふざけやがって……!」
「どこまで俺たちを愚弄すれば気が済むんだ、こいつは……!」
……えー。
「分からん。まったく分からん。……もしかしてストレスが溜まりまくっていて、とにかく怒りたいだけの人たちなのかもしれない」
考えても分かりそうにないので、そういうことにしておこう。
「……アレルさんって、天然で他人の神経を逆なでしていくタイプですよね……」
「……本人に自覚がないのがまた腹立たしいというか……」
リリアとライナが半眼で何かを呟いているが、恐らく彼女たちも相手の理不尽な怒りに困惑しているのだろう。
『そ、それでは試合開始です!』
その合図で、七人の剣士たちが次々と躍り掛かってきた。
俺は絶妙に手を抜き、十分ほどかけて彼らを倒した。
「と、とにかく、おめでとうございます、アレルさん! これで二次予選出場ですね!」
「二次予選も百人近い数の剣士が出場するのだったか?」
「はい! そこからトーナメントで十二人にまで絞られます!」
「……また十人くらい一度にかかってきてくれないだろうか」
「さ、さすがにB級剣士相手にそれは無謀ですよっ!」
二次予選が始まるのはまた一週間後だという。
「ならばダンジョンに潜るか」
まだ七階までしか辿りついておらず、ようやく【上級職】のリビングアーマーがちらほらと出現し始めたところだ。
もっと下層まで進み、【最上級職】のリビングアーマーと戦ってみたい。
「あっ! わたしも行きますよ!」
「来なくていいぞ?」
「そんなにはっきり言わなくても!? でも嫌ですっ! 絶対に付いていきますから!」
……このメンタルの強さだけは学ぶべきかもしれない。
「いや、私からすれば貴様も十分過ぎるほど鋼のメンタルをしていると思うが……」
ライナが何か言っていた。
二次予選の組み合わせが発表された。
本選に出場できるのは十二名。
なので二次予選出場者は、それぞれ八人程度からなる十二のブロックに分けられ、そこでトーナメント戦を行う。
各ブロックでの優勝者が、本選に出場できるというわけだ。
「なんでアレルさんと同じ第4ブロックなんですか!?」
都市の各所に設置された掲示板に張り出された組み合わせ表を前に、リリアが頭を抱えて叫んだ。
「……今年も本選出場を逃すのが決定してしまいました……」
「そう気を落とすな。どのみち俺が同じブロックでなかろうと、リリアの実力では本選に出場するのは難しかっただろう?」
「そうですけど!? そうですけど、その慰め方は酷いと思いますよ!?」
なにやら喚いているリリアは放置し、俺はライナに話しかける。
「ライナは第8ブロックか」
「あ、ああ。……幸い二人とは別のブロックになったが、強敵は多い。それでも昨年は二次予選の決勝まで進んで破れたから、今年こそ本選出場権を勝ち取りたいところだ」
実力的に考えても、リリアよりはライナの方が勝ち抜ける可能性が高いだろう。
二次予選がスタートした。
一次予選よりも大きな会場が使用され、観戦に来たらしい者たちが大勢見受けられる。
明らかに剣士ではなさそうな人も多い。
「もちろん本選時がピークですが、この二次予選くらいになると、都市の外から試合を見に来る人たちが増えて来るんですよ」
控室から選手専用の通路を通って第4ブロックの試合場へと向かいながら、リリアが教えてくれる。
建物内に幾つもの試合場があり、ブロックごとに割り当てられているのだ。
「道理で最近、街が賑わっていると思っていた」
試合場へ辿り着く。
中央に舞台があり、その周囲の観客席はすでに観戦者でほぼ埋まっていた。
「おい! あいつが噂の《無職》じゃねーか!?」
「話には聞いてたが、あんなガキなのかよ」
「てか、マジで《無職》が二次予選まで勝ち抜いてきやがったのか!」
「ブラックブレードのA級剣士を対抗戦で倒したって、あれ本当なのか!?」
「間違いねぇ! 俺もこの目で見てたからな! しかも一人で十人抜きだ!」
何やら注目を浴びているな。
まぁ今に始まったことではないし、ああした好奇の視線には慣れている。
「明らかに観客が多いですね……」
「そうなのか?」
「ええ。いつもは多くてもこの半分くらいです。アレルさんの噂を聞きつけ、見に来た人が多いんでしょう」
言いながら、リリアは俺の腕に抱き付いていた。
「……何をしている?」
「ふふふ、こうすればわたしとアレルさんができていると大勢の人々が勘違いし、やがてそれは公然の事実となって、本当に――――ぶべっ!?」
リリアはお腹を押さえてその場に蹲った。
「この人、乙女のお腹を平然と殴りましたよ!?」
「どうせ加護があるんだから痛くないだろう」
「痛くなくても衝撃は来ますから! そもそもそういう問題じゃないですし、試合前なのに加護を減らさないでくださいよ!?」
観客席からひそひそと声が聞こえてきた。
「おい、《細剣士》のリリアと随分と仲が良さそうだぞ」
「同じギルドだからな」
「単に同ギルドという以上の関係に見えるんだが」
「くそっ、やはり付き合っているのかっ。中身はともかく、見た目だけは良いからちょっと気になってたのに……」
今のを見て、なぜそういう結論に達するのか理解不可能だ。
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