第47話 ちょっと痛がり過ぎじゃないか

「グルアァァァァァッ!」

「ふむ、お前がバハムートか」


 こちらを威圧するように翼を大きく広げる巨大な漆黒のドラゴンを前に、俺は頷いた。

 バハムートと呼ばれるこの邪竜は、ベヒモスやリヴァイアサンに並ぶ神話級の魔物と言われている。


 なぜ今、俺はそんな魔物と対峙しているのか。

 話すと長くなってしまうので、簡潔にまとめよう。


 アークとレイラがいなくなり、暇になってしまった。

 フィアはまだ二歳なので訓練するわけにはいかない(そもそもライナに止められている)。

 なのでしばらく旅へ。

 そして空に浮かぶ大きな島を発見。

 背中に天使のような翼を有する人たちが住んでた(ただし空は飛べない)。

 彼らは漆黒の邪竜の被害に悩まされていた。

 色々あって、その邪竜、バハムートを討伐しに行くことに。

 現在に至る。


 とまぁ、こんな感じである。


「グルアアアアァァァァッ!」


 どうやらこの邪竜、ベフィたちと違って意思疎通は不可能のようだ。

 それにかなり狂暴で好戦的な性格らしく、縄張りに少し立ち入っただけでこの怒り様。


「む?」


 嫌な予感を覚え、俺は咄嗟に横に飛んだ。


 カッ――――ドオオオオンッ!


 するとさっきまでいた場所を一瞬で光が通過していった。


「……っと、危ない危ない」


 どうやら口から光線を吐き出してきやがったらしい。

 後ろを振り返ると、地面が数十メートルに渡って直線状に抉られている。

 なかなかの威力だ。


「今度はこっちの番だ」

「ッ!?」


〝神速足〟で距離を詰め、その腹に斬撃を見舞ってやる。

 しかしドラゴンらしい硬い鱗のせいで、致命傷とはいかなかった。

 巨体にせいぜい一メートルくらいの傷が入っただけだった。


「アァァァァァッ!?」

「ちょっと痛がり過ぎじゃないか?」


 その割に大きな声を上げて苦悶するバハムート。

 今まで天敵がいなかったせいか、痛みへの耐性が少ないのかもしれない。


 カッ――――ドオオオオンッ!

 カッ――――ドオオオオンッ!

 カッ――――ドオオオオンッ!


「連射し過ぎだろうっ!」


 光線をロクに照準も定めせずに出鱈目に連発してくるバハムート。

 見てからでは遅いので、俺は予知レベルの直感ですべて回避していく。


「ん?」


 そのとき何を思ったか、バハムートが翼をはためかせて空へと飛翔した。

 訝しんでいると、バハムートはそのまま飛んで行ってしまう。


「ちょっと待て。まさか逃げる気か?」


 そのまさかのようだった。

 バハムートの巨体がどんどん遠ざかっていく。


「いや、さっきのはほんの挨拶代わりだぞ?」


 俺は慌てて空を飛び、バハムートの後を追いかけた。


「神話級の魔物が逃げる気か! 戻ってこい!」

「グルァッ!」


 ……ダメだ、やっぱりこちらの話が通じない。


 仕方なく俺はバハムートを追いかけ続けるが、相手は空に生きる魔物だ。

 俺も飛行速度には自信があったが、気づけば徐々に離されていってしまう。


 やがて豆粒程度にしか見えなくなってしまった。


「ふむ……どうしたものかな?」




    ◇ ◇ ◇




「だって、あんな気持ちの悪い禿げたおっさんと無理やり結婚させられるなんてっ……死ぬよりも酷いじゃんっ!」


 レイラの声が広場に響き渡った。

 他国の皇太子に対するとんでもない侮辱に、会場は一瞬にして静まり返ってしまう。


 な、何やってんのさ、レイラ!?

 双子の妹の仕出かしたことに僕は戦慄する。


 でも……レイラの言うことは決して間違っていない。

 政略結婚とはいえ、セレスさんがあんな気持ちの悪いおっさんと結婚するなんて、許せることじゃなかった。


「か、彼女の言う通りだ……」

「王女殿下のお相手に、あんな禿げたデブはおかしいっ……」

「そ、そうだそうだ! 婚約なんて許さない!」


 そのとき何人かの生徒たちが、教員からの注意を忘れて声を上げ始めた。

 さらにそれに同調し、反対の声が次々と広がっていく。


「な、な、なっ……」


 壇上の皇太子はと言うと、怒りと恥辱で顔を紅潮させ、打ち上げられた魚のように口をパクパクさせている。


「し、静まれ!」

「貴様ら、国家反逆罪で連行するぞ!」


 騎士団の人たちが慌てて威嚇するけれど、反対の声は収まるどころかむしろ大きくなっていった。


「ラーハルト国王っ、これはどういうことですぞぉぉぉっ!?」

「お、落ち着いてくれっ、アブドル殿っ……」

「このような屈辱っ、落ち着いていられるわけがありませぬぞぉぉぉっ!」


 アブドル皇太子は怒り心頭といった様子で、国王に掴みかかっている。

 騎士たちによってどうにか引き剥がされると、ぜぇぜぇと息を荒らげながら、皇太子はブーイングを浴びせてくる王国民たちに向かって大声で宣言した。



「戦争ですぞ! 我が帝国にかかれば、このような脆弱な国、容易く壊滅させられますぞ! 勝利の暁には、この愚かな王国民はすべからく我が国の奴隷にしてやるのですぞ!」



「せ、戦争……?」

「帝国と……?」

「ま、マジかよ……」


 皇太子の発言に、熱くなっていた王国民たちもようやく自分たちがしたことの意味を理解したらしい。

 国王様もセレスさんも青ざめている。


 もし戦争となったら、国力で劣る王国側が不利なのは間違いない。


 僕は大勢の人の隙間を縫って、ようやくレイラのところまで辿り着いた。


「ちょっと、レイラ! 何やってんのさっ?」

「せんそー?」


 きょとんと小首を傾げてくる暢気な妹。

 そこから!?


「グルアァァァァァッ!」

「「っ!?」」


 空から耳をつんざく強烈な雄叫びが聞こえてきたのは、まさにそのときだった。

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